WATCHES & WONDERS 2023にて、複数の新作を発表した「オリス」。今後、発表になるモデルも含め、注目すべきは価格の控え目さ。高騰化するスイス機械式時計業界において、オリスはなぜ、高価格化に慎重なのか? オリス最高経営責任者 ロルフ・ステューダー氏に聞いた。
オリスはピアッツァである
「ジュネーブはどう?」
ロルフ・ステューダーさんは、WATCHES & WONDERS 2023のオリスブースにて、オリスの時計の説明を受けていたオートグラフチームのテーブルを発見すると、そう、気さくに声をかけてきた。
「正直に言って、異世界ですよ。ジュネーブの街はヨーロッパの他の都市と比べて、サイズはかなり大きいけれど、そこまで飛び抜けた都会、というわけでもないとおもいます。でも、一歩、この会場に足を踏み入れると、世界中の人がいて、とんでもない高級時計で溢れかえっているんですから……」
そう応えると「そうだね」とニコニコと笑ったあとで「どの時計が一番よかった?」と答えにくい質問をしてくる。返答に窮して「ロルフさんはどう?」と、やや質問をズラしつつ質問で返してみると ──
「私はどちらかといえば、バーゼルへの思い入れがあったんだ。ヘルシュタインからも近かったし、バーゼルはより、時計職人の世界に雰囲気が近かったとおもう」
と、ロルフさんもすこしズラした答え方をした。
オリスは1904年、スイス・バーゼル南部のヴァルデンブルグ渓谷の小さな町「ヘルシュタイン」(Hölstein)にて「ル・ロックル」出身のふたりの時計師が創設した時計会社だ。そこから北に20kmほど、ライン川の方に移動すると「ムッテンツ」というワイン産地があって、そこからライン川を渡ると「バーデン」と呼ばれるドイツ最南の広大なワイン産地がある……
のだけれど、結構なワイン好きでもない限り、ピンと来ないとおもうので時計で言うと、ジュネーブがスイスの一番南の方、ほぼフランスといった位置にあり、そこからヌーシャテル湖の北側へ向けて約140km移動して、やはりフランスとの国境に近いのがル・ロックル。そこから北へ100kmくらい移動してヘルシュタインだ。さらに件のムッテンツを越えて20kmくらい北上するとバーゼルなので「オリス」からしてみれば、バーゼルは近所、ジュネーブは遠方となる。
「このオリスブースも、時計職人の世界という雰囲気はしませんが……なんだか、バーというか、シェアオフィスというか、レストランというか、エクスクルーシブというよりパブリックな雰囲気じゃないですか? 時計を盗まれないか心配になっちゃいます……」
と言うと、エクスクルーシブという言葉にロルフさんはピンときたようで
「EX(外に)CLUSIVE(追い出す)なんて、ネガティブな言葉ですよ。オリスは楽しい、分かち合う、そういうブランドです」
「それでこういう、雰囲気になっているんですか……」とつぶやくと、ロルフさんはさらに続ける。
「封建的な世の中では城や屋敷があって、そこで人が集まる場所がホールだとするなら、ここはピアッツァ。 多様な人々が同じ高さにいる広場。それがオリスのメッセージです」
オリスの時計は高級である
「あっ!先程の質問に対する答え、ありました。今回、チタン製に複雑な面取りをした、シンプルでも凝った造形の時計に心を惹かれています」
ロルフさんはそれを聞いて、自分の腕の時計を見せる。
『プロパイロットXカーミットエディション』。この時計もサテン及びサンドブラスト仕上げのチタンケースにねじ込み式チタンリューズ、さらにブレスレットもチタンというチタン時計だ。
「僕がいま頭のなかに思い浮かべていたのは他メーカーのチタンの時計なのですが、これもブレスレットまで含めてシャープなラインがカッコいい」
「ベースは2022年に発売した『プロパイロットX キャリバー400』です。キャリバー400は、120時間のパワーリザーブ、高い耐磁性、さらに、内部構造を工夫したことで、推奨オーバーホール期間は10年です。MyOrisに登録いただければ、10年間の保証が付きます」
オリスは2019年に『ビッグクラウン プロパイロットX キャリバー115』というモデルを発売していて、『プロパイロットX キャリバー400』とはチタンなことも含めてケース部分は同じ。ここに使われていた手巻きのキャリバー115を自動巻きのキャリバー400にしたのが『プロパイロットX キャリバー400』だ。
「10年メンテナンス不要、というところまで考えると税込660,000円は安くはないですか?」
「そんなことないですよ。キャリバー400は、私にとっては高級品です。品質と価格のバランスには常に気をつけていますが、高品質・高機能を求めるお客様のために、と生み出すと、こういう価格になってしまいます」
さらに続けてロルフさん──
「60万円あったら何が買えますか? このワインだった何本分になりますか? 私たちにとって、ここまでの品質の時計を届けられることは誇らしいことですが、一方で、この時計は現在の生活上、必要なものではないんですよ。それに60万円を支払っていただく、というのは大変なことです」
時計が必要じゃないと時計屋の社長が言い切ってしまうことに驚く。
「だから、そのマネーに見合ったものである必要があるのです。時計ブランドとして、人はお金を何にどう使うのか? という問いへの解答が要ると私は考えています」
では、その答えとは?
「笑顔です。私たちの時計は、あなたの笑顔のために買って欲しい。笑顔には、お金を払う価値があります」
オリスとカーミットは同じ哲学を共有している
「『セサミストリート』などに登場するカエルのマペット「カーミット」は笑顔のための存在です。だからカーミットとオリスは同じ哲学を共有しているんです。カーミットだって、人間が生きていくのに必要じゃないでしょう?」
『プロパイロットXカーミットエディション』では、デイト表示部の窓に1の代わりにカーミットが出てくる。
「月の最初の日はカーミットデイにしてほしい。その日は、自分のために生きてハッピーになる日と決めてほしいんです。今回のコラボのために、カーミットが『I gatta make time for me(自分のために時間をつくって)』という歌を歌っています」
「それって人生の哲学だとおもいませんか? 自分がポジティブなら、他の人もポジティブにもできる。オリスはCitoyen(シトワインヤン。フランス語で「市民」という意味だが、革命時には階級社会に対する市民、同志という意味を込めて使われた)の時計を標榜していますが、オリスというピアッツァに集うCitoyenがポジティブなら……ところであなたの媒体ってどういう話題を扱っている媒体なの?」
と、急に訝しげな顔をする。JBpress autographといって、JBpressという母体がビジネス誌とするならば、その文化面とでもいうのでしょうか。クルマ、時計、ファッション、ワインと、仕事から遠い世界を扱っているんです、と簡単に説明すると
「じゃあ、毎日がカーミットデイな媒体だね!」
とロルフさんは笑顔になって、次のアポイントのために席を立った。「果たして毎日カーミットデイにできているだろうか?」と課題をもらった気持ちで、こちらも次のアポイントメントのためにオリスブースを後にしたのだけれど、その後「ワインを飲みに戻っておいで」というロルフさんの言葉を真に受けて、オリスブースで長めのアペリティフをさせてもらい「これなら、カーミットのようになれるかもしれない!」と少し自信を持ったのだった。
オリスの精神を見習って、JBpress autographもあなたを笑顔にしてくれますように。