自画像を通してアイデンティティを確立

《叙情詩人(自画像)》1911年 レオポルド美術館

 美術アカデミーで研鑽を積んでいたシーレだが、徐々に不満が募り、ついに爆発した。

「ぼくの粗野な教師たちはぼくにとって常に敵だった。今ぼくは自分の人生に命を吹き込まねばならない!」(1910年7月の手稿より)

 1909年、美術アカデミーの旧態依然とした体質に反発して自主退学したシーレは、友人らと「新芸術家集団」を結成。クリムトの影響から脱し、より強く自己を見つめ、自身の苦悩や葛藤をカンヴァスの上にさらけ出していく。

 自己のアイデンティティを探求するなかで、最も多く選んだモチーフが自分自身の姿、つまり自画像だ。生涯に描いた自画像は200点以上。シーレは鏡やカメラの前で様々なポーズをとり、時には裸になり、自己の表現の可能性に挑戦した。

 1912年に制作した《ほおずきの実のある自画像》は数ある自画像のなかで、最もよく知られている一枚。では、なぜこの作品が代表作といわれるのか? 頭の上部は中途半端に断ち切られている。顔は画面右を向き、それに反するように視線は鑑賞者のほうへ投げかけられている。そして暗色を多用した自身の姿と、鮮やかな赤いほおずき。画面の各所に相反する要素が取り入れられているが、それでいて全体の構図は実にバランスがいい。不安定ながら、確固たる自信に満ちた自分という存在が巧みに表現されている。

《自分を見つめる人Ⅱ(死と男)》1911年 レオポルド美術館蔵

《自分を見つめる人Ⅱ(死と男)》もまた、衝撃に満ちた自画像。この作品でシーレは、自分自身の姿と背後から忍び寄るもう一人の自分を描いている。シーレはこの作品で何を表現したかったのだろうか? 生と死を一体のものとして捉え、自己内省の次元を高めようとしたのか。それとも、単純に死への不安や恐怖を表したのか。背筋がすっと寒くなるような冷たさがありながら、ずっと眺めていたくなる不思議なパワーを宿した作品だ。