もうひとつのハイライト、若宮十五社
お参りを終えたら、回廊の外に点在するお社に祀られる神様たちにもご挨拶をしておきたい。回廊を出て右に行くと、水谷道という道沿いに、ひとつだけ願い事を叶えてくれる一言主神社、須佐之男命などを祀る水谷神社などがある。
左に行くと、春日大社のもうひとつのハイライトである若宮十五社めぐりが始まる。まずは若宮神社。若宮とは四柱の神々の中の天児屋根命、比売神の間にお産まれになった御子神で、天押雲根命というお名前だ。
御本殿はどちらかというと「国家」という広い範囲の安泰を祈る場であるが、若宮神社はより身近な願いごともできる場所とされ、奈良の市民たちにも親しまれている。若宮十五社には、他にも、最強の縁結びスポットである夫婦大國社、金運ならお任せの金龍神社など、人生のあらゆる側面でご利益が期待できるお社がずらりと並んでいるので、しっかりお参りしておきたい。
若宮神社は、2022年10月に20年に一度の式年造替を終えたばかりである。社殿の大修理と調度品の調製などが行われ、その間若宮様は、仮の社殿にお移りになっていた。そして10月28日に美しく蘇った社殿にお帰りになった。これを本殿遷座祭といい、今回はテレビで生中継された。
神様が活動なさる時間は夜。人が神様のお姿を見ることは禁じられているため、若宮様の通り道には白い幕が張られ、雅楽が演奏される中、若宮様のお引越しが粛々と行われる。燈籠による最小限の灯以外はほぼ真っ暗だ。これは浄闇(神事が行われる清浄な暗闇)と呼ばれる。
ゲストの女優さんは「普段の生活では体験できないような暗闇の中、こちらの心も浄化され、神様の気配が感じられた気がする」と感慨深げに語っていた。これからしばらくは式年造替奉祝のコンサートや展覧会などが続くので、近々奈良旅行を予定している方は、春日大社の公式サイトなどで日程を調べていただきたい。
12月には「春日若宮おん祭」開催
そして12月半ば、これは毎年行われるものだが、若宮様を主役とした最大のイベント「春日若宮おん祭」が行われる。何年か前、わたしは幸いにも、この祭に参列することができた。日程は12月15日から18日。普段は若宮神社にいらっしゃる若宮様をお招きして一の鳥居近くの御旅所までお連れし、数々の芸能をお見せして楽しんでいただく祭である。
クライマックスは若宮様がお出ましになる16日深夜(17日午前零時)。あたりはやはり浄闇。寒さに耐えながらお待ちしていると、まず神職が松明の光を掲げてやってくる。楽人たちが雅楽を奏でる中、若宮様もゆっくりと歩いて来られる。17日には、神楽、田楽、舞楽などで若宮様をおもてなしする。そして深夜に若宮神社までお見送りする神事が、再びおごそかに行われる。880年以上も続いてきた伝統の祭は、これにてつつがなく終了となる。
「大の大人が集まって、想像上の『神様』を相手にする壮大なおままごと」。そういう見方もあるだろうが、わたしはこの夜、若宮様の存在を確かに感じ、えもいわれぬ満たされた気持ちになれた。神道では、神様は見るものでも言葉で説明するものでもなく、個々が感じ取るものとされる。神様とは自分の心の中にいるものであり、お参りとは、日常生活の中ではめったに出会うことがない自分の中の神様と対話することなのかも知れない。