代表的な郷土パン・カンデアルは、イタリア・トスカーナでギアラをサンドするロゼッタのよう。ふわっともちもちなパン好きな日本人には驚くほど硬く乾いているが、スープやソースを味わう料理に不可欠。

よきワインのそばに、パンと、チーズさえあれば

サモラでは、パンとチーズの造り手も訪ねた。

「食事をするには、カトラリーとパンが要る」と言われるほど、パンはスペイン人にとって重要な食べ物らしい。『VINA VER』のすぐ近くにある『PANADERIA HORNOPAN』という家族経営の小さなパン工房は、創業1945年。併設する小さなショップで販売も行っているが、メインはレストランなどへの卸しだ。

業務用オーブンをカスタマイズしたゴツいパン窯の裏側、階段を降りて行く半地下に、薪をくべる炉が。薪火で窯を温め(蓄熱し)、余熱でパンを焼く。

ここでは建物が立つ土地の傾斜を利用して、いかにもDIYという風情のアナログな巨大オーブンが設置され、薪の熾火でパンを焼いていた。小麦粉も、もちろん地元産。見た目も素朴なパンは、日本のパン職人たちがつくるようなキャッチーなおいしさはないけれど、この地の料理に寄り添う、しみじみとした旨さがある。この地で食べるから、おいしく感じる味、とでも言おうか。レストランで食べ切れなかった分を、紙ナプキンに包んでホテルに持ち帰ったほどだ。

『PANADERIA HERMANOS COOMONTE』の当主、ファウスティーノさん。言葉では多くを語らぬ職人気質。

 チーズ工房は、今年でちょうど20周年を迎える『LA ANTIGUA』へ。

『LA ANTIGUA』の工房内。いかにも地元の“名物おやじ”といった風情のフェルナンドさん。

先に訪れたパン工房にくらべると、こちらは“巨大”と感じる規模で、設備も充実。製造されるチーズは欧州各国や中国などへも輸出されている。というと、なんだかとても工業的な感じがするのだが、20年前、この地に工房を構えたのは、自分たちで育てた羊からミルクを搾り、チーズを作ろうと思ったから。

スタッフはやたらとイケメンが多い。

カスティージャ・イ・レオン州はスペイン最大の乳羊の産地で、乾燥した気候は牧草をよく育て、チーズの熟成にも好適だ。代表のフェルナンド(・フレゲネダ)さん曰く「都市部ではできない産業」。空洞化する地域を再生したい気持ちもあったという。大規模な設備投資は、チーズ製造にとって一番大切な衛生管理に加え、スタッフの労働環境を整えるため。乳羊飼育という伝統産業を未来に繋ぎ、雇用を生んで、地域経済を守っているのだ。手塩にかけて育てた、羊の乳からつくるチーズで。

テイスティングプレート。ナチュラルタイプの熟成違いのほか、ワイン用ぶどうの搾りかすをまとわせ熟成させたもの、ピメントン入りとさまざま。

変わらない風景や物事が残る場所は、決して時が止まっているわけではなく、変わらないために人々の手が尽くされている。当たり前なのに、つい忘れがちなことに気付かされたサモラでの時間だった。

取材協力:カスティージャ・イ・レオン州観光局・スペイン政府観光局