いよいよ今回の旅のメイン、ワインの話である。
出発前に「ワイナリーを中心としたカスティージャ・イ・レオン州への旅」と聞いて真っ先に思い浮かんだのはDO(スペインの原産地呼称)リベラ・デル・ドゥエロだ。北のDOリオハと並ぶ、スペイン屈指の銘醸地で、最新の醸造設備や国際品種も取り入れ、この半世紀、スペインワインの国際市場への台頭を牽引してきた産地でもある。 “スペインのロマネ・コンティ”と賞されるようになった「ウニコ」の『ボデガス・ベガ・シシリア』を擁するのもリベラ・デル・ドゥエロだ(ちなみに「ウニコ」は、今年9月のエリザベス女王の死去でイギリスの新国王に就任したチャールズが皇太子時代の1981年、ダイアナ元妃とのウエディングパーティで振舞われたのをきっかけに注目されるようになったといわれる)。
ともあれ、今回の旅は、そんな安直に有名産地を訪ねたりしない。我々が目指すのは物理的にも心情的にも「一番遠い」スペインなのだから。
そもそも私も含め、多くの日本人にとって「スペインワイン」と聞いて思い浮かぶのは、カヴァとシェリーくらいではないだろうか。
スペインワイン関連の本をあたると、この知名度の低さはスペインワインが世界の市場で注目され始めたのが、ごく最近であることに由来するとのことだが、ぶどうの栽培面積は世界一、ワインの生産量も常にトップ3に入るというワイン大国で、17の自治州すべてでワインが造られている。カスティージャ・イ・レオン州もしかり。DOワインは先のリベラ・デル・ドゥエロを筆頭に9つ。その内の4つが、2007年新たにDOに認められた産地で、サモラ県にあるティエラ・デル・ビノ・デ・サモラもその1つだ。
スペイン屈指の有名DOに隣接、再評価される伝統産地
『VINA VER(ヴィニャ・ヴェル)』というワイナリーの当主が、初日の(『RESTAURANTE Sancho2』での)ランチに同席し、ティエラ・デル・ビノ・デ・サモラ(以下サモラ)のワインについて説明してくれた。
主な栽培品種は、赤はテンプラニーリョで、白はベルデホとマルバシアであること。古くからワイン用ぶどう栽培はこの地の農業の中心で、樹齢100年を超える畑が多く残ること。フィロキセラ禍後、ぶどう栽培やワイン産業は衰退したが、20年ほど前から若い世代が復興に取り組んでいること。自分たちのワイナリーもその一軒だという。
すぐ隣に、DOリベラ・デル・ドゥエロに次ぐこの州の有名産地、DOトロがあり、気候風土も栽培品種も似通っていることから、トロとの比較がよく話に出た。彼らは自身のワインを「アルチザン(職人)のワイン」だと言う。トロのワインは、高品質な「良い」ワインかもしれないが、我々のワインがより土着的で、土地の味を表現している。いわく、ファクトリー(工場)ではなくセラー(醸造所)で造られる、経済性より自然環境との共存を最優先にしたエコなワイン。
地下セラーが伝える、土地のワイン造りの歴史
食事の後に、レストランのあるサモラの市街地から車で20分ほどのコラーレス・デル・ビノという町にある『VINA VER』を訪問した。
欧州のワイナリーというと、広大なぶどう畑の中にぽつんと立つ建物を想像するかもしれないが(実際、そういうワイナリーも多くあるが)、『VINA VER』は街並みに溶け込む、小さな間口の建物で、奥に中庭があり、地下にこぢんまりとした醸造所を備えていた。中世にさかのぼれば、多くの家が地下セラーで自家消費用のワインを醸していたという、サモラの歴史を今に伝えるワイナリーだ。
セラーを見た後、5~6種のワインをテイスティングする。どのワインも品種の個性が十分に表現されていると感じた。テンプラニーリョはどしっと濃厚で酸味もあり、ベルデホはフレッシュかつやや丸みを感じる柔らかな味。十年以上前、ワインの基礎を学んだときに、必死で覚えた特徴がよみがえるような、まっすぐな味。東京のワインバーのカウンターで選ぶかと訊かれたら即座に答えられないけれど、豚のだしや煮溶けた豆にピメントンが効いたこの地の料理を味わうときに、絶対に欲しくなる味、不可欠なワイン。これは理屈じゃない。
残念ながらサモラでの行程にはぶどう畑が含まれていなかったのだけれど、おおむねよいぶどうが育つであろうことは肌でわかる。陽射しはたっぷりと強く、風は乾いていて、夜になるととたんにぐっと冷える。ワイン産地を巡っていると、しばしばぶどうの気持ちになるのだが、もうありがたいとしか言いようがない気候だ。歴史あるワイン産地ながら、国際市場で勝負するクオリティワインの産地としては第一歩の段階にあるこの土地のワインが、国内外にどんな風に広がっていくのか楽しみに思う。