初期作から新作までリヒター芸術を堪能
今回の「ゲルハルト・リヒター展」の目玉は、リヒターが2014年に完成させた4枚の抽象画《ビルケナウ》だ。この作品はアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で囚人が隠し撮りした4枚の写真を描き写し、そのイメージをベースに制作されたというが、キャンバス上に具象的なものは何もない。全面が黒、白、赤、緑の絵の具で塗り重ねられており、鑑賞者はそこからアウシュヴィッツの複雑な歴史を想像することになる。
4点の抽象画の横には、ベースになった4点の写真(複製)が展示されている。比べ観ることで、作品を理解する糸口がつかめるかもしれない。
個人的には、1976年に制作された《グレイ》に引き込まれた。タイトル通り、キャンバス一面がグレイに塗り込められた作品だ。グレイは「世の中のすべての色を混ぜればグレイになる」といわれる中間色。リヒターはこのグレイという色について、「なんの感情も、連想も生み出さない」「『無』を明示するに最適」な色と表現している。《グレイ》を鑑賞していると、自分がグレイの色の中に吸い込まれ、消えてなくなってしまうような、怖さにも似た感覚を覚えた。
展覧会会場では、ほかにも様々なリヒター芸術に出会うことができる。《モーター・ボート(第1ヴァージョン)》は、フォト・ペインティングの技法を用いた作品。写真を精密に模写した後、刷毛で表面を擦り、「ぼけ」を生じさせる。その「ぼけ」は、絵画と写真との間に何を生じさせるのか。客観性とはいったい何なのかと考えさせられる。
《4900の色彩》は、リヒターが1966年から展開する「カラー・チャート」シリーズの一点。全25色に彩色された48.5×48.5cm四方のカラーパネル196枚が隙間なく並べられており、カラフルな大画面に目がチカチカしてくる。何かモチーフが隠されているのではないかと思い、意味を見出そうとするが、何も見えてこない。それもそのはず、このパネルはランダムに並べられたものだという。
「ものを見るということはどういうことか」をテーマに創作活動を続けてきたリヒターの足跡をたどる展覧会。難解で、心地よさはない。だが、また観たいと思う。それがリヒターの魅力なのだ。