狼が祭神の大口真神社

 もうひとつ、必ずお参りしておきたいのは大口真神社だ。御祭神の大口真神は、実は狼である。神代の昔、日本武尊が山中で道に迷った際、狼が道案内をした。日本武尊はその狼に「大口真の神としてこの山に留まり、魔を打ち砕け」と言われた。

大口真神社「おいぬさま」のお札

 江戸時代以降、こちらの神札は、厄除け、火災除けなどの御利益があるとされ、「おいぬさま」と呼ばれて庶民の間に広まった。現在でも、奥多摩や秩父などこのあたり一帯には、おいぬさまのお札を台所などに貼っている民家もある。また、神社にしては珍しく、ペット連れでお参りすることも可能で、ケーブルカーには犬用のきっぷもある。

 

快適な「宿坊」もおすすめ

 さて、この神社周辺の魅力的な要素である宿坊の話をもっと詳しくしよう。かつて講の人々が盛んに訪れたため、神社の手前には、今も20軒以上もの宿坊がある。それぞれの宿坊の主人は、先にも述べたように各地で布教を行って講の人々を連れてきた御師の子孫で、神社で儀式を執り行う神職でもある。

 しかし現在は信仰とは関係なく、誰でも普通に泊まれる。今は珍しい伝統的な日本家屋ばかりで、茅葺の家など文化財クラスの建物も多いが、設備はリフォームされ、快適な宿となっている。寺の宿坊とは違うので精進料理ではないが、山で採れた野菜や魚などを使った食事も美味しい。わたしは特に、手作り蒟蒻の刺身がお気に入りだ。

 宿坊に泊まれば、こちらならではの体験もできる。そのひとつは滝行だ。宿坊から山道を歩いて近くの沢に行き、祝詞を唱えながら流れ落ちる滝を浴びて心身を清める。

御岳山の綾広の滝

 それはちょっと体力的にきついと思う方には、宿坊で行われる朝拝もお勧めだ。これは寺で行われる朝のおつとめに当たるが、神道なので、祝詞をあげ、お祓いをしていただく。両手を合わせて上下に振る魂振という儀式も興味深い。これには、活力を失った自分の魂を再生する意味があるとのことだ。

 早朝に神社の拝殿で行われるお祓いに参列するのもよい。先にも述べたように、これは東京の街に向かって行われる。毎朝ここでわれわれ都民の安寧を祈ってくださっているのだと思うと、実に感慨深い。境内からは、東京のビル街までもが手に取るように眺められる。スカイツリーや都庁もすぐに見つかるので、晴れた朝には、トライしてみて欲しい。