やるべきことはすべてやる

 クルマの開発は、さまざまな曲面で難しさがありますが、最たるもののひとつがバランスです。エンジンだけをいじってパワーアップすれば完成というほど簡単ではなく、そこからどこまでこだわって手を加えていくのか。その手法に自動車メーカーの特色が見てとれます。アストン・マーティンの場合、せっかく得た707psを無駄なく使い切るためにやるべきことはすべてやるというコンセプトだったようです。エンジンをパワーアップすれば当然のことながら加速性能と最高速が向上します。

 いっぽうで、速くなればなるほど空気抵抗を多く受けるわけで、エクステリアには空気を整流するための改良が施されました。空気抵抗を下げることとダウンフォースを稼ぐことが目的ですが、このダウンフォースの設定がなかなか難しいのです。ダウンフォースというのは、速度を上げるにつれてボディが浮き上がる現象を抑える、路面方向に垂直に働く力の意味で、ダウンフォースが効けばクルマは高速域でも安定します。

インテリアは基本的にノーマルのDBXのそれを踏襲している。メーターのグラフィックやトリムの一部は707専用となる

 しかし、クルマが浮き上がらないよう空気の流れで車体を押さえ付けているので、最高速の観点では不利に働きます。ダウンフォースを稼ぎつつ最高速の大きな抑制にならないちょうどいい塩梅を探り出す地道な試行錯誤が必要となるわけです。結果として707は、310km/hもの最高速を達成しつつも高速域やコーナリングでは圧倒的なスタビリティの高さを示すに至りました。

 

強力な制動力を得る

 公道でそれを試すのは無理だとしても、310km/hも出るのなら310km/hから確実に止まれるブレーキが備わってないと怖くてアクセルペダルは踏めません。そこで707では、前後のブレーキを新しいシステムに変更し、強力な制動力が得られるようにしました。強力な制動力を得るためにはディスクの径を大きくする方法が一般的ですが、こうするとばね下の重量が重くなり、乗り心地が悪くなる傾向にあります。そこでディスクに軽量なカーボンセラミックを選択。ノーマルのDBXより重くなるどころか40.5kgも軽くすることに成功しています。

バケットタイプのフロントシートは標準装備。スポーツカーのような風景だが、座り心地も乗り心地もサルーンのような快適さを持ち合わせている

 707psだの310km/hだの、威勢のいい数値が並んでいますが、一般道でDBX707のステアリングを握っていると、荒々しさや凶暴な感じはまったくなくて、むしろ穏やかで心地いいドライブが満喫できます。右足に少し力を込めてアクセルペダルを踏み込めば、普通のクルマでは体感できないような加速感が味わえるものの、クルマの動き自体は極めてジェントルで、危なっかしさや恐怖感は皆無。

 こうした乗り味はノーマルのDBXも同じで、パワーアップしながらもDBXとしてのテイストは崩していないという、アストン・マーティンの賢明な味付けに感心します。強力なパワーを得ると、どうしてもそれを誇示しようとするチューニングに走りがちな自動車メーカーが多いところ、彼らはあくまでもアストン・マーティンのSUVとしてのあるべき姿にこだわっているのです。

リヤのルーフスポイラーやバンパー下のディフューザーは707専用のアイテム。空気の流れやダウンフォースの効果を考えて計算し尽くされたエクステリアデザインとなっている