なぜ静かさが重要なのか?

 今回、EQEに試乗したのはドイツのフランクフルト近郊。このため、試乗コースには速度無制限のアウトバーンが含まれており、瞬間的ですが150km/h前後の速度域まで試してみました。その結果、このような高速域でもEQEの車内はおそろしく静かなままで、まさに度肝を抜かれました。

 高速道路をまったくの無音に近い状態で走るというのは極めて非日常的な体験ですが、不思議なことに、少し時間が経つと気持ちがすーっと落ち着いて身も心もリラックスできるようになります。これは、EQEの高速安定性が優れているためでもありますが、私はその圧倒的な静粛性が乗員の心持ちに見逃せない影響を与えているように思いました。

 ちょっと想像してみてください。

 都会の喧噪のなか、たとえば渋谷のスクランブル交差点を歩いていると、周囲から様々な種類の刺激を受けることで、精神的には一種の興奮状態となるように思います。若者の多くは「それが好き」というかもしれませんが、これとは対照的に「うるさくて疲れる」「もっと静かで落ち着いたところに身を置きたい」と願う人も少なくないでしょう。かくいう私も、どちらかといえば後者の部類です。

 では、人気もまばらな草原を歩いていたらどうでしょうか? 天気がよければそよ風と小鳥のさえずりくらいしか耳に届くものはなく、平穏としていて心の安らぎが感じられるのではないでしょうか?

 私がEQEに試乗している最中に味わったのが、まさにこういう感触でした。どうやら人間は、圧倒的に静かな場所にいると心のなかにも静寂が訪れてくるもののようです。

 

失われていた伝統の復活にも注目したい

 もうひとつ、私がEQEからそこはかとない安心感を感じ取ったのは、そのソフトな乗り心地にありました。

 伝統的に高級車作りを得意としてきたメルセデス・ベンツといえば、かつてはサスペンションが大きくゆったりとストロークする乗り心地に特徴がありました。その、引き締まったなかにも優しさが感じられるメルセデス特有の乗り心地は、世の中のクルマがこぞってスポーティなハンドリングを目指すようになるなかで徐々に失われていき、私はこれを少し残念な気持ちで眺めていました。ところがEQEでは、かつてを髣髴とする、ゆったりとした乗り心地がよみがえっていたのです。

試乗した『EQE350+』は最高出力292ps(215kW)、最大トルク530Nm。リチウムイオンバッテリーは10セルで90kWh。航続距離はWLTPモードで最大660kmとされる。モーターは後車軸上に1基の後輪駆動。これ以外に前後車軸にモーターを搭載した『EQE500 4MATIC』というモデルが控えているが、こちらはよりハードかつにぎやかな仕上がりになる。

 その理由をメルセデスのエンジニアに訊ねたところ、こんな答えが返ってきました。

「(大量のバッテリーを搭載する)EVは車重が重いので、機敏なハンドリングにしようとしても限界があります。そこで私たちはゆったりとした乗り心地を目指すことにしたのです」

 車内の静けさと快適な乗り心地。これはメルセデス・ベンツがもともと備えていた価値です。それらがEV化によって復活を遂げたことは実に興味深いといえます。しかも、EQEでは静粛性や制振性に関していままで以上に注意を払うことにより、これまで乗員があまり感じることのできなかった「心の落ち着き」まで手に入れられるようになりました。これは、高級車がEV化に伴って実現できた新しい価値といっても差し支えないように思います。

室内は現行のW213型「Eクラス」より広い。ラゲッジルームは430リッターでリアシートは4:2:4の分割可倒式

「EV化はクルマをつまらなくする」とよくいわれますが、それはあくまでも作り手次第。高い志をもって開発すれば、いままでにない価値を創造できるという意味では、EVも既存のエンジン車も変わらないどころか、EVのほうが大きな可能性を秘めているのかもしれません。