彼の特徴がよく表れた《コレッツィオーネ》

 さて、そんな唯一無二の建築家・安藤忠雄は、デビューした1970年代から50年以上第一線で活躍し続け、代表作はそれこそ、山の数ほどあるのだが、私個人的には1980年代の作品が非常に好きで、その中でも今回取り上げる《コレッツィオーネ》は彼の特徴がよく表れた作品の1つであると思っている。

 そこで今回、この《コレッツィオーネ》を、『すき間』『ブリッジ』『自立した壁』という安藤建築を特徴づけるの3つのポイントから見てみたいと思う。

 

ポイント1:すき間

《コレッツィオーネ》は鉄骨鉄筋コンクリート造、地下3階・地上4階建て、延べ面積約5,700㎡で、共同住宅も含む複合商業施設であり、1989年(平成元年)に完成している。

 彼の作品の特徴はなんと言ってもコンクリート打放し(打ちっぱなしではない。念のため)の仕上げであるが、我々が心惹かれるのはその無機質な素材にクールさを感じることだけでなく、コンクリートのスクリーンに注ぎ込む光による陰影の美しさや、コンクリートの重厚感が醸し出す洞窟のような空間の立体感に魅了されるからである。そしてその効果を生み出している仕掛けが、建築のあちこちに施された『すき間』である。

 例えば《小篠邸》や《光の教会》など、壁や天井の計算され尽くした位置に設けられている細い『すき間』=スリット。そこからもれる自然光は福音のような神々しさを感じる。また《ガレリア・アッカ》《本福寺水御堂》など、地上もしくは地下に設けられた大きな『すき間』=クレバスは、その先に一体何があるのか、期待感を煽り、好奇心を刺激する。

左《光の教会》 ドイツ、ケルン出身のクリストファー・シュライナー, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons 右《ガレリアアッカ》オイユ自衛隊, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 この《コレッツィオーネ》では、周囲の落ち着いた街並みを考慮し、高さが地上4階に抑えられている替わりに、地下3階まで計画されているのだが、その最下部にも自然光が入り込むように吹き抜けが作られ、それがまさしく『すき間』=クレバスのようであり、さらに階段や通路が複雑に入り組むことで、そこはまるで迷宮に入り込んだかのような、ワクワク・ドキドキ感を演出する構成になっている。

《コレッツィオーネ》 写真=PIXTA

 

ポイント2:ブリッジ

 それに更なる効果を加えているのが、2つ目のポイント『ブリッジ』である。これは彼の出世作である《住吉の長屋》や、《OLD・NEW六甲》《TIME’S》と言った作品にも見られる演出で、その大きさは違えど、それぞれのブリッジはそこを渡る人はもちろん、それを外から見る人にも空間のダイナミズムを感じさせることができる。

左《住吉の長屋》Oiuysdfg, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons 右《TIME’S》Wiiii, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

《コレッツィオーネ》でも『すき間』=クレバスに架けられた『ブリッジ』は、空間の立体感、奥行き感を引き立て、訪れる人を胸躍らせる場所となっている。

 

ポイント3:自立した壁

 そして3つ目の『自立した壁』。

 安藤忠雄の作品の大きな特徴として、三角や四角そして円といった幾何学図形と直線や円弧の絶妙な組み合わせによる立体空間構成も挙げることができる。これは作品の配置図や平面図を見ると一目瞭然なのだが、それはまるで敷地に描き出した抽象画、《淡路夢舞台》《地中美術館》などの図面はもはやカンディンスキーの絵画のようである。

《淡路夢舞台》クリス 73 , CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 そして、これらが3次元化した時にさらに驚きを増す。《コレッツィオーネ》では3つの直方体と1つの円柱が敷地に合わせた絶妙な位置と大きさで組み合わさることで前述の『すき間』=クレバスを作り出し、『ブリッジ』が配置されているのだが、それらの空間を作り出すのにも、直線や円弧が立ち上がった『自立した壁』が重要な役割を果たしている。

 この『自立した壁』は例えば、《光の教会》や《水の教会》《兵庫県立こどもの館》《姫路文学館》といった作品などにも見られるが、建築の機能上必須のものであるかというとそうではない。それらはむしろ安藤忠雄による建築の「演出道具」のようなもので、何かを遮断するために立ちはだかるのではなく、迷路の通路のように人の流れを誘導するものであり、額縁のように視界を限定することで視線や意識をそちらに向けさせるための装置なのである。

《姫路文学館》 Wiiii, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 この《コレッツィオーネ》でも直線の『自立した壁』により道路と敷地の境界線を形成しつつ、額縁のようなレイヤーが重なることで、建築に奥行き感を与えている。また円筒に沿ったように立ち上がる曲面の『自立した壁』は、名作アニメの古城の階段室のように、秘密の場所への導くようにドキドキする場所を作り出している。

 このように、『すき間』『ブリッジ』『自立した壁』は安藤忠雄という一匹狼がコンクリート打放しという武器で磨き上げた「必殺技」のようなものだと私は思っている。

 彼の建築に対する創造力は、この「必殺技」に依存するだけに止まらず、今もなお、あくなき追求、進化を遂げている。彼クラスの巨匠になると、もはやそれに頼るまでもないと言われてしまうと確かにその通り返す言葉も無いのだが、しかし、今回改めて、この《コレッツィオーネ》で惜しみなく繰り出されている「必殺技」を見ると

 私のような往年の安藤ファンとしては、近年鳴りを潜めているように感じるこの「必殺技」をまた見てみたい気もする。

 もう一度、これらの唯一無二の「抜群のスキル」をもって「私、失敗しないので」とカッコよく大見えを切って、シビレさせてほしいと思うのは、巨匠に対して失礼であろうか・・・。