三位一体の建築
この《東京カテドラル聖マリア大聖堂》は1964年(昭和39)に完成するが、計画は前川國男、谷口吉郎、丹下健三という当時のスター建築家3名による指名コンペが実施されたことから始まる。
美術館のような四角い立方体の前川案、公会堂や音楽堂を連想させる箱型の谷口案。それらに比べ、丹下案はその独自性が異彩を放ち、結果、勝利することになるのだが、何と言っても目を引くのがその外観であった。「岩場の水面に舞い降りて来た銀色の白鳥が羽根を震わせているかのよう」と称されるこの優美な曲面をした外壁は、シェル構造と呼ばれる構造形式によって成立している。
このシェル構造、効率よくかつ強度の高い構造物、特に大空間を容易に作ることができ、またその組み合わせによって、さまざまな形体を作ることができることから、モニュメンタルで印象的なデザインとすることが可能となる。最も有名な事例は、世界遺産にも指定されている《シドニー・オペラハウス》(設計:ヨーン・ウツソン)であろう。まさしく大きな貝殻を何枚も重ねたような、白いヨットの帆をも想起させるその美しいフォルムは誰もが知るところである。
《東京カテドラル聖マリア大聖堂》は、シェル構造の中でもHPシェルと呼ばれる双曲放物面を有した鉄筋コンクリート造の薄い板によって造られており、その上にステンレスの鋼板が張られている。この構造形式を採用した時点で既に丹下健三の卓越した建築的センスが伺えるのだが、ポイントはそこだけではない。
この建築では、4種類2枚ずつのHPシェルによって構成されており、それらはそれぞれ隙間が設けられて立て掛けられている。実はこの隙間、内部空間に彩光をもたらすために設けられたのはもちろん、なんと上空から見ると十字架を形成していることがわかる。まさに神に捧げるかのような建築! アーメン! 私は、丹下健三自身、これをやりたかったからこの形状、構造形式にしたに違いないと思っているのだが、それは邪推だろうか。
さらに内部に入ると、これらの建築構成が空間に神聖性を創り出していることに大いに寄与していることが実感できる。
禁欲的で静謐な雰囲気を醸し出すコンクリート打放しの内壁は、トップライトまで緩やかに立ち上り、視線を天上(天井ではなく)へと滑らかに誘導する。それは初期ゴシックの教会建築に見られる上昇性にも共通する感覚である。
また、頭上から降り注ぐ光は少し薄暗い室内と相まって、雲の隙間から太陽の光が漏れ、地上に降り注ぐ、まるで「天使の梯子」のようである。しかも、正面奥の祭壇部分には、ステンドグラスの代わりに大理石を薄くスライスしたものがはめられており、巨大な十字架の後ろから、後光のような黄金色の光を放っている。なんと心洗われる空間だろうか! ハレルヤ!
このように《東京カテドラル聖マリア大聖堂》ではHPシェルの組み合わせという単純な構成によって、過度な造形や装飾が無くとも、また、特別な演出道具や機能が一切無くとも、建築そのものが教会としての崇高さや荘厳さを有しているのだ。
シンプルな一手で作り出された『強・用・美』三位一体の建築。今風に言うならば「神ってる」この名作(教会だけに神とはこれいかに)は建築関係者のみならず、どんな人にも訪れて欲しい、「必読書」ならぬ「必見作」である。難解な読解や解釈など必要なく、ただこの建築そして空間を「感じて」ほしいと思う。
さて、「必見作」を紹介したところでもう一度「必読書」の話。
私も仕事柄、いろんな人にオススメの本は?とよく聞かれる。もちろん、お尋ねされた方の主旨、趣味嗜好に合わせて、そのチョイスは変わるのだが、そんな中でも、最近、薦めることが多いのがこの本である。
えっ? 絵本ですか? と決して侮ることなかれ。これは建築に留まらず、あらゆるクリエイションにおける真髄、本質を突いている名作だと私は思っている。それこそ、この本には『強・用・美』だけでは収まらない、拡張された<新たな建築>を生み出すヒントやアイディアに溢れている。どんな由緒正しき建築本にも負けない快作だと私は思っているので、もし、みなさんも機会があれば是非手にとって「読んで」、そして「考えて」ほしい。
決して、私が最近小さい文字が読みづらくなったからとか、