藤井にとって数少ない挫折とは?

 藤井が生まれた愛知県からは、戦国時代に織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の英雄たちが天下に君臨した。

 藤井は織田信長が好きだという。常識を覆した戦いぶりは、自身の将棋に通じるものがあるのだろう。

 藤井にとって数少ない挫折が、2019年の王将戦リーグ最終戦の広瀬章人竜王(34)との対局だった。勝てばタイトル戦に初めて挑戦できた。

 しかし、藤井は持ち時間を使い切って1分以内に指さなくてはならない「秒読み」に追われている終盤の土壇場で、悪手を指して勝利を逃してしまった。さすがの藤井も、その敗戦はこたえたようだ。

 正確に深く手を読める藤井は、秒読みになってもめったに間違わないが、複雑な局面ではミスは起こりえる。

 その後、藤井は持ち時間の使い方を工夫するようになった。残り時間に余裕を持たせたのだ。5分しかなくてもその「預金」があるのと、「現金」のみの秒読みでは、大きな違いがある。

 藤井が挑戦者の渡辺明名人(37)に3連勝した棋聖戦5番勝負、豊島との王位戦、叡王戦など、今年のタイトル戦の対局を例に挙げてみる。

 上記の合計13局のうち、藤井が勝った10局の大半の残り時間は「5分以上」。持ち時間を使い切って「秒読み」になったのは5局(3勝2敗)。

 最近の藤井は、中盤のうちに有利になって押し切る内容の将棋が多く、そもそも秒読みにならない傾向がある。

 

「八冠」はかなり至難な道程

 気の早いメディアは、藤井が全タイトルを制覇する「八冠」の可能性を話題にしているが、かなり至難な道程だ。

 年内に竜王を獲得し、2022年1月からの王将戦で挑戦して獲得すれば、同年の春に「五冠」を取得する。

 さらに、2022年の秋に王座戦、2023年の冬に棋王戦、同年の春に名人戦で、それぞれ挑戦してタイトルを獲得すれば、「八冠」を達成できる。

 しかし、その前に保持しているタイトルを、すべて防衛しなければならない。

 羽生九段が三冠を初めて取得したのは1993年1月。それからタイトルの防衛と獲得を重ね、前人未到の「七冠制覇」を達成できたのは1996年2月。ほぼ負けなしで3年かかった。

 仮定の話でも、夢のような偉業を想像するのは楽しい。その端緒となる今期竜王戦で、藤井の活躍に期待したい。