──かつて語っていた、フランスの美意識への憧れは?

鈴木 ここに住んでもう19年たつので、かつてのような憧れというよりは、身近に感じています。ただ、日本もフランスもどちらもよい部分があると思いますが、特に感じるのは、こちら(フランス)のお客様の教養の高さです。お客様のご自宅にスーツをお納めに行くと、部屋中に現代アートがあふれています。皆様、アートを身近に置くということを大事にされていて、そういう感覚は日本より高いと思います。教育レベルが高いということもあると思いますが、アートにお金を使うという感覚が違いますね。

 そういう意味では、パリでものづくりをしていくことは、厳しい審美眼を持ったお客様のご要望に応え続けていくということなので、刺激はありますね。仮に日本に帰国したとしても、パリのお客様とはよい関係を続けていきたいです。

 

アッパーの世界では、スーツ文化は残る!

世の中のカジュアル化に目もくれず、エレガンスの道を究めるべくひとり闘う鈴木さん。その確固たる美意識は、もはやどの都市で活動しようとも、揺らぐことはない

──最近読んだ、『西洋の自死』とお話の内容が重なりました。それでもなおフレンチスタイルの粋とかフランスの美意識のようなものがパリに残っているとすれば、それはどのようなものですか?

鈴木 フレンチスタイルの粋とは、私が修行したフランチェスコ・スマルトの上顧客だったアッサン二世なんですよ。モロッコの前国王で、そのエレガントさでヨーロッパ中に知られた方ですね。

 彼がプライベートジェットから降りて、上着の裾が翻るだけで、そのエレガンスに皆が息を呑んだと言います。アッサン二世は年間1000着を40年間、スマルトで作り続けました。服に対するパッションが誰よりも強かったと聞きます。そんなアッサン二世のスタイルに対するリスペクトは、パリには根強くあります。それこそクラシックの美しさなんですね。なんでもありのスタイルではなく、きちんとルールを守った上での着こなしなので、エレガントが匂い立ってくるんです。

──パリに残るか日本に帰るか、揺れている鈴木さんですが、ベースとなる場所はどこであろうと、やってみたいことはありますか?

鈴木 私は誰もやったことのないような、おもしろいことをやりたいんです。アラブの王宮に行き、王族の方が喜んでくださるような、最高のスーツを作りたい。そしてフランス語、英語といった多言語でビジネスをし、自分がつくった服を通して世界中の人と関わり、喜んでもらいたいんです。その強烈な思いが、私の根底に常にありますね。

 仮に日本に帰ったとしても、何も変わらない。むしろ進化していくと思っています。人生をどう面白くするか、それだけを考えています。日々ワクワクしますね。

 

日本のビジネスマンに伝えたいこと

テーラーとして、そして経営者として戦い続ける、鈴木健次郎さん。世界で通用するスタイルを、最も知る日本人のひとりだ

──ヨーロッパ視点から日本の読者へ、ぜひとも伝えたいことはなんでしょうか?

鈴木 会社経営者もちゃんとしたスーツを着てほしいです。日本の経営者は力があるはずなのに、世界で立場が弱くなることがあるのは、語学で対等に話せないということが大きいですが、装いにおいても壁があるのです。

 カジュアル化が進む時代ではありますが、スーツカルチャーは確実に残ります。アッパーの人は時代を問わずスーツを着ますし、着る場面もとても多いです。真面目に仕立てられたスーツには、エレガントで美しいと感じさせる力があります。そして美しさは、言葉の壁を超えて、人と繋がる要素になると私は思っています。