なぜ鈴木健次郎は評価されるのか?

スマートかつ凛々しいシルエットながら、空気の層を1枚纏ったかのような、エレガントなゆとり感を兼ね備えた、鈴木健次郎さんのスーツ。特に襟から肩にかけてのラインは絶品だ。日本でも年に数回オーダー会を開催しているので、興味のある方はHPからお問い合わせを。次回の受注会は2021年8月20〜25日まで、ペニンシュラ東京で開催予定

──そのような状況のパリで、個人経営の鈴木さんがタイユール(テーラー)としてビジネスを続けているのは貴重なことですね。

鈴木 パリの靴のオーダー店、たとえば「オーベルシー」、「ジョンロブ」、「クロケット&ジョーンズ」、それから眼鏡のオーダー店などが、私を高く評価してくれて、お客様に勧めてくださるんです。とくに40代~60代は私のことを高く評価してくれます。フランスの超有名人で、俳優や映画監督の弁護士をしているテミム氏も、インタビューの中で「ヨーロッパのベストテーラーはスズキだ」と言ってくれます。

 新規で来られたパリジャンに「どなたの紹介でうちに来ていただけたんですか?」と採寸をしながら伺うと、「ムッシュウスズキは有名ですよ。夜のパーティーでも何度もあなたの名前を聞くし、前々から注文したかったんですよ」などと言われ、自分でも驚くくらいです。パリのタイユール、イコールスズキだ、と多くの方が言ってくれています。

──なぜ鈴木さんはそのように高く評価されるのでしょう? 

鈴木 「クラシック」をおさえているからではないでしょうか。歴史的根拠にのっとった「こうあるべき」という組み合わせってありますよね。ひとつボタンのピークドラペルのシングルジャケットにパッチポケットはありえない、とか。フランスは奥深い洋服文化を持つ土地なので、〝なんでもあり〟をやると、〝ああ、クラシックを知らないよね〟と思われてしまいます。

 他のテーラーではそんなルール破りのデザインを面白いと言って作ってしまったりします。でも私は決してやりません。「クラシック」って本来とんでもなく美しいものなんです。その方が歩いただけで、息を呑むようなエレガントさを感じさせる、強さがあります。

 ルールをしっかり守って着こなしをするからこそ、着ている人から品格や知性を感じると思いますので、フランス人で、青年期から服を仕立てている人たちはその部分がいかに大切かを知っているのでしょうね。私は「クラシック」をどのくらい理解したうえで自己表現できるのか、そこに気をつけていることもあって評価されていると思っています。

「日本人ながら、パリのエスプリを完全に理解している」と、フランス人から評価される鈴木さん。正統性のなかに秘めたさりげない遊び心が、その真骨頂だ。普段は決して見えない左袖口に、なんと手縫いで施されたイニシャルも、そんなエスプリの表現

──日本人の鈴木さんが西洋のテーラリングの伝統を守っている、というのも面白いですね。

鈴木 日本ではそれほど珍しいことではないですよね。メンズテーラリングだったら誰でも理解していることを、私は守っているんです。自分が若い頃アンティークが好きで、勉強して身に着けてきたということも、大きいと思います。

 お客様と話をしたときに、60年代のスタイルはこう、70年代のスタイルはこう、ロンドンはこう、ミラノはこう、とリズムよく話ができます。パリのテーラーにはそんな話ができる人が、意外と少ないのです。歴史を知ったうえでスタイルとして取り入れるとなると、そこに合う生地、ボタンの選択肢も限られてきますよね。お客様との話の流れのなかで「この生地にはこれですよね?」「もちろん」となる。そうした日々のやりとりが、信頼につながっていると思います。

 たとえば、ダークグレーのスーツでは裾はダブルにはしないということを前提として知っていたら、「これはシングルですよね」「もちろん」と話が進むわけです。年代ごとのスタイルのお約束事を踏まえたうえで話ができると、お客様にとっては安心感につながります。そういうことを理解せずに「なんでもあり」というのは、テーラリングの世界では決してよいことにはならないのです。

(中編に続く)