文・写真=沼田隆一

ニューヨーカーもツーリストも自由に外出できる幸福をかみしめている。メトロポリタン・ミュージアム前では、マスクなしで夏の始まりをエンジョイする人も

America is back──岐路に立つアメリカ

 6月11日よりイギリス・コンウォ―ルで行われたG7サミットにおいて、バイデン大統領は“America is back .” と高らかに宣言した。ペシミストである私の目には世界はデモクラシーが衰退し、オートクラシーの台頭が目立ってきているように映る。約1年3か月前、COVID-19との闘いを宣言してから長いトンネルをやっと抜け出しこの国は、たしかに復活の道を歩もうとしている。が、息つく暇もなく様々な問題に立ち向かう強靭さを求められてもいる。

 先の大統領選で投票に不正があった、と根拠なく訴えるトランプ支持者の多い州では、マイノリティーの投票に不利になるような投票方法に変更する法案が続々と可決されている。今年は、タルサの白人暴徒による黒人大虐殺から100年となる節目の年。Juneteeth(6月19日)という奴隷制度が撤廃されたことを記念する祝日ができたが、BLM(Black Lives Matter)に対する理解が深まるにはまだまだ時間がかかるように感じる。

 まだまだ続くアジア系へのヘイトクライムに加え、イスラエルとパレスチナとの攻撃の応酬が引き金となったユダヤ系へのヘイトクライムなど、人種問題はまだまだ根深い。なかなか進まない銃規制のなかで急増する銃乱射事件。終わることのない不法移民問題。トランプ支持者を中心とするキャピトルヒル乱入事件を、単なる見学ツアーと真顔で言い放つ共和党の議員が出てくる現状。また、その乱入事件を国会で調査するという民主党の議案も、いまだにトランプ支持者の多い共和党の、それも大半の反対により否決されたという事実。

 国外に目を向けると米中関係のさらなる悪化。そして、陰の戦争とまで表現される冷え切った米ロ関係。ジュネーブでのバイデンとプーチンの会談からどのような変化が出てくるか? まだまだ安心はできない。さらにロシアを拠点とするハッカー集団によるアメリカ企業や公共機関への攻撃が次々と起こっている。すでに世界レベルでさらなるハッキングを引き起こし、トレースのできないサイバーカレンシーの悪用により、デジタルパンデミックになる予兆を示しているのではないだろうか。かつては“民主主義の番人”と言われたアメリカは、いったいこれからどこに行くのであろう。

 

COVID-19からの復活

 しかしそういった暗い話とは別に、アメリカは昨年3月以来、死者60万人を超えたCOVID-19による受難の時からようやく抜け出そうとしている。最初は世界でも最悪の状況であったニューヨークも、今や明るいニュースが報じられている。6月15日、ニューヨーク州知事は“18歳以上の州民の少なくとも70%が1回目のワクチン接種を受けるという目標が達せられた”として、即日COVID-19に関する制約のほとんどを撤廃すると宣言した。同日、カリフォルニア州も同様の宣言をしている。

6月15日、エッセンシャルワーカーや医療従事者をたたえる花火が打ち上げられた。COVID-19との闘いを宣言して472日目の夜に見上げる光景であった

 公共交通機関やその他の指定された施設など以外では、ワクチン接種をした人はマスクやソーシャルデイスタンスは不要となり、飲食店やイヴェント会場でも時間や人数の制限がなくなった。屋外でマスクをしていなかったら罰金という昨年と比べたら天国と地獄の感がある。

 エクセルシオール・パスと呼ばれるワクチンパスポートがこれからの生活に広く使われることになるであろう。普段は自分の住むマンハッタンの街の空気のにおいなど感じたことがなかったが、マスクを外すということだけでこれほどの自由と開放感を味わえるとは正直思ってもみなかった。7月初めには大規模な独立記念日を祝う花火や、COVID-19で活躍したエッセンシャルワーカーや医療従事者をたたえる大規模なパレードも予定されている。

 

ステークホルダーであるということ

 ニューヨークは日本に比べると非常にゆっくりした制限解除を行ってきた。州知事、市長は連日のCOVID-19の定例記者会見で、時にはその強引な対策に対して厳しく非難され、糾弾されることもあった。しかし科学的なデータをもとにしたその態度を、過度な政治的な配慮から崩すことはなかった。また、市民が理解できない専門用語はできるだけ使わず、医学的裏付けのない副反応やデマに近いものをメディアも取り上げなかった。

 あいまいな政治的表現を極力避けたメッセージは、“われわれはCOVID-19を打ち負かす”という目標に向かって、政府も市民も同じステークホルダーという意識を高めた。9.11というアメリカの歴史上衝撃的なテロリスト攻撃から立ち直った強靭なニューヨーカーだからこそ、それができたのかもしれない。

 

ワクチン接種の加速と接種率を高めるために

 感染率を抑えるための厳しい制約とともに、ワクチン接種を同時に加速したことで今の状態が達成できたと思う。ワクチン接種加速の陰には、病院以外に大規模接種センターをいち早く設置し、ドラッグストアでの接種を可能としたことがある。街角にあるドラッグストアでの接種は、普段からインフルエンザのワクチン接種を多くの人が受けているという身近さも、いい影響を及ぼしたといえよう。

 日本と違い住民票がないアメリカでは、電話とオンラインによる予約を個人が行う。予約方法も大規模接種会場、病院、ドラッグストアのそれぞれが予約システムを管理する。日本人からは無謀ともみえるやり方だけれど、この国では接種を加速する力となった。また、接種開始当初からこの国にいる人間は、不法滞在者やアメリカ滞在の身分を問わず、無料で接種するという方針を打ち出したことが、集団免疫獲得に向かって大きな助けとなっている。

グランドセントラル駅には、ポップアップのワクチン接種会場が開設された。接種した人は市営交通機関1週間分の無料パスが配られる

 接種年齢が12歳に下げられ、また、思春期にあたる人が重症化しやすいとの報告が出たこともあり、思春期前の若年層への接種に拍車がかかっている。が、ワクチン接種の速度が鈍ってきていることも報告されている。とくにトランプ前大統領を支持し、いまだに大統領選挙の無効を訴える州は未接種率が高い。

 アメリカ人が熱狂する野球やバスケットボールなどアリーナで開催されるスポーツの観戦では、ワクチン接種を完了した人はマスクなしに大声で声援できる。が、未接種の人はマスク着用を求められる。これは、かなり効果的な心理作戦として功を奏した。それをサポートするようにアリーナ、スタディアムでのワクチン接種が可能になった。

 ワクチン接種を加速するためにあらゆる方策がとられている。連日、テレビではメッセージ発信をしている。グランドセントラル駅構内のポップアップ会場では、予約なしに無料で国籍を問わず接種できる。接種をした若者へは、抽選で州立大学や私立大学の授業料、生活費などを全面的にサポートするといったものまで出ている。また、ニューヨーク市内では接種率に格差が出始めているため、ブロンクスなど低い地域にバスを仕立てて移動式で接種を始めている。

 6月半ば現在、日本国籍を有していても外国に在住する邦人は、日本でのワクチン接種をしてもらえないと聞く。一方、パラグアイに赴任している友人夫婦がニューヨークに来た時、マイアミ空港で予約も待ち時間もなく無料で接種をしてもらったと喜んでいた。なんだか悲しい日本の現実である。われわれはワクチン接種が遅れることで、さらなる変異株が出てくる可能性が大きくなることを決して忘れてはならない。

いくつかのバスストップ(停留所)でも無料でワクチン接種ができる、というバス車内の広告