写真・文=橋口麻紀

モデナ旧市街にある1476年に建て替え後も変らない佇まいのサンピエトロ教会と新緑

イタリアに光が見えてきました

 新緑が眩しく、初夏の訪れを感じる最高の季節となったイタリア北部、エミリア・ロマーニャ州の小都市モデナです。ダウンジャケットを羽織る寒いシーズンの終わりとともに、規制が2番目に厳しいオレンジゾーンのトンネルから抜け出し、イタリア全州がイエローゾーンに昇格です。国内の移動は自由になり、日常を取り戻しつつある各地のようすを連日ニュースで伝えています。

 5月15日からは陰性証明者があれば欧州諸国での往来もできるようになりました。モデナにもイタリア国内をはじめ欧州諸国からのビジネスパーソンや観光客が街に潤いをもたらすようになり、モデネーゼ(モデナのヒトたち)にも笑顔がもどりつつあります。

 この約1カ月で、感染者数に大きな改善がみられました。4月中旬に、連日約1万7000人前後を推移していた新規感染者数が、6月10日現在で2079人まで減少。結果、政府の発言も日々ポジティブになっており、6月中旬には規制がほぼゼロであるホワイトゾーンに全州が昇格すると発表がされ、また、近いうちに日本からの観光客も陰性証明書があれば、イタリア入国後隔離処置なく受け入れるとの報道もありました。

 ホワイトゾーンになることで、〈こんごは、ロックダウンをする状況には後退しない〉というゆるぎない自信が感じられる背景には、全国民の約25%が2回目のワクチン接種を完了(6月10日現在)していることがあります。なにより観光で国の財政がなっているイタリアですから。ともあれ、光がみえてきたイタリアの今です。

レストランも再開。ピアッツァ ローマ(広場)にあるトラットリアにて

待ち望んでいたバールが再開

 イエローゾーンになっても、おおかたのビジネスパーソンはリモートワーク継続中なので、あまり生活において大きな変化はありません。ですが、日常を取り戻したと感じるのは、いつものバールでカフェ(エスプレッソ)ができることだとミオ・マリート(私の夫)はいい、雨の日でも欠かさずカフェへ足繁く通っています。

 はじめの一杯はカフェに少しミルクをいれたカフェマッキャートを、そして2杯目はカフェ。いってしまえば、ただ2杯のカフェをのむだけなのですが、バリスタの手によって微妙にちがうその日の酸味をたのしんだり、気分によっては小さなドルチェ(甘いお菓子)を追加したり、バリスタとお天気についておしゃべりをしたり、と。

 これでもかというくらいに砂糖をいれ、のみほしたカップの底にたまったトロトロの砂糖をスプーンですくっているモデネーゼも見かけます。そんなカフェスタイルを観察する、特別ではないいたって普通の朝の風景が戻ってきたのです。

「イタリア人の人生にとってカフェは欠かせない。それが普通にできることになったことが何よりうれしいコトなんだ」

 ちなみにバールへ行く前も、自宅のエスプレッソマシーンでいれたカフェとブリオッシュという定番朝食をすませているのですから、なじみのバールでのカフェの大切さをうかがい知ることができます。

毎朝なじみのバールでカフェをたのしむミオ・マリート

 ミオ・マリートはリモートワーク中であってもビジネスパートナーたちとカフェの話をしています。一週間のはじまり月曜日には、「今朝は2杯のんだよ、まだ休日気分がぬけないからね」。週末になると、「明日はウィークエンドだから、強いカフェをのんで今日一日がんばりましょう」。また、少し難題を抱えているときは、「カフェにしない?(Prendiamo un caffè?)」と。耳をそばだてているとカフェにまつわる会話がなにしろ多い。

 カフェを中心にイタリア人の人生は回っているかのようです。そしてどうやら、カフェにはさまざまな効用もあるらしい。これは、掘り下げないわけにはいきません。

 

カフェは社会との接着剤のようなもの

「カフェが人生に欠かせないのは、社会やヒトとの接着剤のような役割があるからだよ。そして『カフェにしない?』と、同僚や友人を誘うことにはとても大きな意味があるんだよ」

 基本的にイタリア人はカフェのときに仕事の話は一切しません。家族やサッカー、ヴァカンツァ(夏休み)などのトピックスのみです。カフェに誘うのは、かかえている案件から少し離れてリフレッシュしましょうというサイン。煮詰まっていたことがクリアになったときや、意見の相違により衝突しかけた関係を修復するための大切な1杯なのです。

カフェとサッカー新聞。バールでの定番です

 私自身もイタリアの会社に席をおいていたときに、幾度となくミーティング中にカフェに誘われ、そして、たわいない会話をしたことが思い出されます。イタリア人はただカフェが好きなのだと思っていたのですが、じつは和ませてくれていたのでした。カフェをとおしての日常会話で、コミュニケーションが円滑にいく。イタリア人には、このコミュニケ―ション術がおのずから備わっているんですね。

 カフェについて辿ると、1800年のはじめにナポレオンがイギリス製品をボイコットするために大陸封鎖令を発したため、コーヒー豆が不足。苦肉の策としてローマの〈カフェグレコ〉がコーヒー量を3分の2にすることで価格を抑え、小さなカップで提供。これでデミタスカップが誕生します。それから約100年後にエスプレッソマシーンが発明され、圧力をかけて一気に抽出したカフェをデミグラスカップでのむスタイルがうまれる。1950年代になるとエスプレッソマシーンの普及とともに、一般家庭でも広く飲めるようになったとか。

市街地にある老舗バールにモデネーゼが集います

 エスプレッソは〈急行〉という意味なので、急速に抽出する方法からその名を冠したという説と、注文ごとに〈特別〉に抽出するという説があるようです。いずれにせよ、エスプレッソというスタイルが生みだされて100年以上たった現在でも、1杯ごとに抽出するスタイルを守り続け、独自のカフェ文化を創り上げています。1971年創業のスターバックスがイタリアに初上陸したのが2018年というのも理解できます。同店はミラノ市内の観光地に5店舗ありますが、モデナにはありません。

 カフェには作法があります。なにごとにも自由なスタンスのイタリア人ですが、カフェにおいては頑なです。カフェをのむのは基本的に16時まで。カプチーノは11時までです。夕食後のカフェは、あくまでも消化促進ですから16時以降でも可。この決まりごとにはどこかカフェへのリスペクトを感じます。

 

イタリア人の情熱はカフェに宿る

 カフェについて掘り下げたもののナゾは深まるばかりで、何度となくミオ・マリートやマンマ(義母)、友人に尋ねても、彼らにとってはカフェがあるのが当たり前なので、なかなか名答を得られませんでした。が、ある日、「エスプレッソとイタリア人のパッショーネ(情熱)は『速さ』と『熱さ』がキモだから、やはり、われわれの人生にカフェは欠かせないんだろうな」とカフェをのみながらミオ・マリートがポツリ。

これがモデナ伝統の濃厚なザバリオーネ・カフェ

 イタリアの各地に名物のカフェがあります。モデナ伝統のそれは、カスタードクリームをトッピングしたザバリオ―ネ・カフェ(Zabaglione caffe)です。モデナのマダムたちは美味しそうにのんでいます。が、私はこのカスタードクリームの濃厚なタマゴの味が好みではありません。しかし、こちらでの生活をエンジョイするうちに〈速さ〉と〈熱さ〉を体得し、モデナの情熱的なマダムの仲間入りをすれば、もしかしたら、大好物になるかもしれない予感はするんですけどね。