文=松原孝臣 写真=積紫乃
アイスダンスは2人で1つ
フィギュアスケートの衣装デザイン・製作で活躍する伊藤聡美は、アイスダンスの村元哉中&髙橋大輔のフリーダンス『La Bayadere』(ラ・バヤデール)の衣装を手がけることになった。依頼にあたっては、音源の提供とともに、色のイメージを伝えられた。
「村元さんからは、桜色みたいな薄いピンク、髙橋さんはネイビーか黒がいいとおっしゃっていました」
デザイン画を描いて提案。何度かやりとりを経て、色が決まった。
「マリナ(・ズエワ)コーチから『哉中がピンク系だから、大輔もボルドーにして2人の色を合わせた方が良い』と言われ、色が決定しました。アイスダンスは2人で1つなんだなーと、この時思いました」
その後、フィッティングなどを経て、衣装は完成した。
「村元さんの装飾は、海外で仕入れたレース素材を使用しています。レースは元の色がクリーム色だったのでゴールドのスプレーを吹きかけました。レースはバラバラにカットしてオリエンタルな『柄』になるように配置して、ゴールド感がわかるようにストーンで厚みを出してます。
それに合わせて髙橋さんの衣装にも何か『柄』を入れたいなと思い、柄をデータで作成し、ベロア素材にあててレーザーカットしました。トップスにヒートカットした柄をミシンでたたいています。柄が浮き出ているようなイメージでゴールドの装飾を施しました。
実は納品当初は立体的な装飾がついていたのですが、リフトの時に引っかかってしまうという事で、全て取り外して平面のストーンに付け替えました。アイスダンスの衣装の難しさを感じました」
そして言葉を続ける。
「村元さんの衣装もすごく凝っていますが、髙橋さんの衣装は柄を全部作りました。ヒートカット(生地を熱で溶かしてカットする方法)でカットして、土台の衣装にミシンで縫って柄に見えるようにしています。ゴールドの部分は私が描いたものです。村元さんのはスプレーして、もっとゴールド感を強くしています」
細部にこだわり、工夫を凝らした作品に仕上げた。
「フィッティングは基本、2人同時に行ないますが、お互いの衣装をよく見てくれて意見を出し合っています。村元さんはその色似合うよ!と言ったり、髙橋さんは、村元さんのスカートの丈をこの辺まで切った方がいいんじゃないか、と2人で相談しています。
村元さんのお腹の部分のベージュの色がちょっと肌に合っていなかったのですが、NHK杯までには修正が間に合わないとなったとき、髙橋さんが『小さい石をちょっとでもつけたらきらきらして、肌になじんでいいんじゃない?』とアドバイスをしてくれました。作る側の視点で見ているな、と感じました」
NHK杯後の全日本選手権で衣装を変えた理由
フリーダンスののちに、リズムダンス『The Mask』の依頼があった。
リズムダンスは11月のNHK杯と12月の全日本選手権で衣装を変えているが、2着目で用いた黄色いシャツの製作にあたって、このような出来事があった。
「黄色のシャツは6種類くらいの色のバリエーションを見てもらい、そこから3色を選んでもらって、哉中さんの衣装を隣に鏡であててもらいました。その中に、シアンが5%入っているものと入っていないものがありました。ぱっと見、違いは分からないくらいですが、その微妙な違いを見分けて、『こっちがいい』と決めていました。お互いの色味やスカートの丈など、2人で演じるからこそ細部まで修正をしました」
製作のプロセスで知ったことがある。それは髙橋の衣装への知識の豊かさだった。
「知識がものすごくある方で、そこに助けられた面はあります」
具体的にはどのような部分だったのか。
「『男子の衣装はジャケットの丈のバランスとか大変ですよね。ちょっと変わるだけで足の長さが変わりますもんね』と言ってくださったり。いろいろなスケーターさんにお会いしましたが、美学をしっかり持っていらっしゃるし、ほんとうにセンスもいい方だと思います。客観性があるというか、たぶん自分に合うスタイルがすごく分かっているのでしょうね」
知識もさることながら、衣装への鋭い感覚がそこにはあった。
『The Mask』は伊藤の言葉にあるように、NHK杯と全日本選手権とで、衣装をかえている。
「もともと、色のイメージ、髙橋さんの衣装はネクタイにシャツに黄色のパンツ、とオーダーの時点で決まっていました。ただ、NHK杯が終わったあと、黄色のパンツだと2人で立ったときのバランスがマッチしなかったので、トップを黄色にしてパンツを黒にしました」
NHK杯、全日本選手権ともに会場に赴いた。でも、いざ試合での演技は、「緊張で見られませんでした」。
緊張は、アイスダンスならではの特徴から生じた。
「2人なので接触することも多いし、飾りが落ちたらどうしよう、と」
飾りが落ちれば、減点の対象となる。だから演技が終わるまで、神経を払うことになった。のちに、映像で落ち着いて観たという。
「プログラム、とてもよかったです。特にフリーダンスは、音源を聴いたとき、『こんなに難しいバレエの曲をやるんだ』と思いましたし、曲を聴くとなんとなく構成の想像がつくのですが、まったく分からなかった。プログラムを観て、終わり方がすごいな、斬新だな、ずっと観ていたいな、と思いました。2人の雰囲気、空気感がとてもよかったです」
だから、こう思う。
「シングルとは違った観点で衣装製作ができるので、とても新鮮です。だからこそいろいろな衣装を着てほしいですし、色々作りたくなります」
次に衣装を制作をする機会があったとき、村元と髙橋と、衣装の間にどのようなコラボレーションが生まれるのか。
それを楽しみにしているのは、伊藤聡美だけではない。(続く)
伊藤聡美(いとう・さとみ)エスモード東京校からノッティンガム芸術大へ留学。帰国後、衣装会社に入社し2015年に独立。国内外の数多くのフィギュアスケーターの衣装デザイン、製作を担う。21年3月、『FIGURE SKATING ART COSTUMES POSTCARD BOOK』を刊行。