寺田倉庫が仕掛ける、日本のアート市場活性策を読む。
文=鈴木文彦
アートに出会うことができるカフェがあった
ようやく、屋外での活動も増えてきた今日このごろ。今回は屋外にでて、これまでお話したアートの読み方を実際につかって、いまのアートを見てみませんか? 今回、筆者が訪れたのは、10月15日にオープンしたばかりの天王洲にあるアートカフェ「WHAT CAFE」。
ここは、美術品の保管を主軸として、いまや東京、品川区は天王洲の街づくりにおいても中核的な役割を果たしている企業、寺田倉庫がギャラリーとカフェを融合する、としてスタートした施設です。天王洲の、寺田倉庫の一連の施設のなかにあって、800平方メートル以上の空間をほこり、広々としていて、気持ちのいい場所です。
CAFEの名前の通り、実際、コーヒーとか軽食を楽しめます。サラダが800円、カレーが1000円などで。そして、ここには、アート作品が展示されています。展示作品は、会期によってすべて入れ替わり、いわば、展覧会のようです。とはいえ、ここは、アートの展示においてはむしろギャラリーに区分けされる施設で、展示作品は、販売もしています。価格は5万円から20万円くらいとのことで、アート作品としては高額に過ぎないものが展示されています。
この場所の成り立ちは後述するとして、筆者が訪れたときにどんな作品が展示されていたのか、ちょっと実例を紹介したくおもいます。
まずは、香月恵介さんという画家が描いた、一連の作品。今回見ることが出来たのは、19世紀フランスの印象派の画家、クロード・モネの絵画を元にした作品群です。
遠くからみると、モネの絵画のように見えます。ところが、近づくと、そこには赤、緑、青の絵の具が細かく並んでいます。
聞くところによると、この香月さん、パネルの上に、アクリル絵の具をのせて、ひとつひとつ、ドットを描いているのだそうです。そう、つまり、これは、液晶モニターがそうしているように、絵画の色彩をRGB(Red、Green、Blue)の光の三原色に分解し、それを設計図として、手作業で、絵の具で、描いたペインティングなのです。
これは現代版の印象派みたいだと筆者にはおもえます。というのは、印象派は光を描こうとした芸術家たちの運動です。香月さんのこの作品にも、3色に分解された光が描かれています。そして、前回お話した、筆致、ここにひたすら色を載せ続けた、画家の動き、時間が、この作品には記されています。作者はどんなおもいで、こんなことをしたのでしょう?
あるいはこの写真の右側の作品。これは磯村暖さんという人の、『Finding Mars Black』という作品です。ここにはクルマに乗っている人が描かれていますが、その上にかぶさるように、元素記号が書かれた白い枠があり、キャンバスの下には足がついています。これは第2回でお話した、ひとつの作品のなかに、異なる時間、異なる空間をいれている絵画のようではないでしょうか。元素となると、もはや、クルマや人などとはサイズも違えば、その表現の仕方も違いますし、足は3Dですから、2次元の絵画とは次元が異なります。おなじ作品のなかに、違う要素が混在しているわけです。
こういう表現方法を使って、画家は何を表現したかったのでしょう? おそらく聖書の物語ではないでしょう。複数の要素が混在してひとつの総体をなすことから、愛、平等、自由、そんな言葉が筆者の頭には浮かびますが、画家のことを知り、作品を見つめることで、なにかを感じるのではないでしょうか。
WHAT CAFEでは、作品について、スタッフがとても詳しく説明もしてくれます。それを聞いて、ひとつひとつの作品を吟味してもいいでしょうし、美術館を訪れるように、複数の芸術を同時に体験できる空間を楽しむのもいいでしょう。カフェとして、作品のある空間で、時間を過ごすのもいいでしょう。そして、繰り返しになりますが、気に入って、欲しくなってしまったら、すでに誰かが買ってしまったものでない限りは、ここの作品は買うこともできます。
ここは、芸術を身近なもの、アクセス可能なものとしてくれます。そして、筆者のこの連載も、こういった作品に出会ったときに、作品を読み解き、自分と作品とのあいだの関係性を構築する際の、手がかりになってくれれば、とおもっています。
ここにはアートがたくさんある
寺田倉庫がWHAT CAFEをオープンするにあたって出したプレスリリースには、こんな言葉が書かれています。
「アーティスト・コレクター・ギャラリーなど、現代アートの主たるステークホルダーをはじめ、より広いアートファン層に開かれた展示公開を行うための場を創出し、日本のアート市場の活性化を目指してまいります。」
アート市場などといわれると、なんだか難しそうだったり、縁遠いものに感じるかもしれませんが、WHAT CAFEは先述のように、カフェですし、この寺田倉庫周辺には、アートがたくさんあります。たとえば、WHAT CAFEを出てすぐの壁面には、スペインのストリートアーティスト、ARYZさんが描いた、『〝 The Shamisen〟 Shinagawa 2019』という絵があります。
そして、ここから5分程度歩いたところには、TERRADA ART COMPLEXという、複数のギャラリーが入居する日本最大級のアート複合施設があります。
単独のギャラリーであれば、なかなか、中に入るのもためらわれるかもしれませんが、こういった複合施設であれば、ちょっと寄ってみて、芸術と出会い、複数のギャラリーをはしごする、という経験ができます。
美術館を訪れるのとは、少し違うかもしれませんが、美術館を訪れるような感覚で訪れてみるのもいいのではないでしょうか。そうすることで、徐々に、お気に入りの作者やお気に入りの作品、お気に入りのギャラリーを見つけ、自分も作品が欲しいとおもったり、あるいは、自分もなにか作品をつくってみようとおもったりするかもしれません。
それが結局、アート市場になるのです。天王洲を訪れ、コーヒーを飲むだけで、あなたはアート市場の一部です。世界最大のアートのマーケットであるアメリカは、その市場規模が3兆3000億円だといいます。一方、日本は伸びているとはいえ、3590億円。美術館や博物館の入場料なども、この中に含まれているのですが、芸術に触れている人の数、時間を考えれば、もっと伸びる可能性があるのではないでしょうか。それが日常的に、身近にあるものであれば、なおさらです。
寺田倉庫がアート産業を支援する理由
後述するといった、WHAT CAFEの成り立ちですが、寺田倉庫はその名の通り、倉庫業を営む企業です。そしてその倉庫には、コレクターが手に入れた貴重な芸術品が多数、保管されています。保管といっても、単に、作品を置いておく入れ物、スペースではありません。寺田倉庫は、作品の状態を維持し、施設内に修復工房を持ち、修復師が在籍しているため、修復を依頼することも、輸送、展示といったことも、サポートしてくれます。つまり、寺田倉庫は、芸術品を扱う、コンシエルジュ、プロフェッショナルの集団なのです。さらに、倉庫であるがゆえに、広い空間があることを活かして、寺田倉庫は、芸術家たちのためのレンタルアトリエスペースも運営しています。
そういった事業を営んでいる彼らにとって、アート市場が活性化することは、もちろん、ビジネス上、有益です。同時に、彼らは、アートともに生きているがゆえに、そこに愛情があります。
たとえば寺田倉庫は、倉庫に保管されている作品、日本を代表するコレクターが自らの価値基準で収集した作品を展示する現代アートのコレクターズミュージアム「WHAT」を、今年、12月12日にオープンします。倉庫が、作品を展示する。美術展、美術館とはまた違う視点で、普段見られないアートを覗き見できる場所になるはずです。入場料は一般1200円、大学生/専門学校生 700円、高校生以下500円だそうです。そして、先述のWHAT CAFEは、このWHATにつらなる、カジュアルなカフェなのです。
寺田倉庫は、昨今のアジアの情勢を考え、政情・治安が安定している日本は、アジアにおける、アートの中心地となる可能性も感じているといいます。世界的に活躍する日本人芸術家はたくさんいますし、日本にはたくさんの芸術家や芸術作品がやってきます。芸術作品は、直接的になにかの道具としては役に立たないかもしれませんが、そういうものは日本にもすでにたくさんありますし、ものづくり大国を自認する日本にとっては、現代のアートも、ものづくりの精神から、そんなに縁遠いものではないでしょう。
そういうアートに、私達がふれる動機はどんなものでもいいとおもいます。近所だから、単に好きだから、愛着があるから、作者の人柄にひかれて、将来値上がりする可能性を信じて。筆者は、ゼミでのレポートの必要から、前回お話した、ドラクロワの絵画を大学の図書館の画集で見て、そのエネルギーに心を揺さぶられたのがきっかけでした。
ワインにも言えることですが、どんな動機であったにしても、たくさん経験することで、きっと、人がつくるものは、あなたのなかのなにかに変化をもたらしてくれるはずです。ワインを通してでも、アートを通してでも、他人に出会うこと。これは、いくらソーシャルディスタンスが叫ばれる世の中であっても、ビジネスにおいても、人生においても、原動力となるはずです。
寺田倉庫がある、天王洲は、アートに溢れようとしています。寺田倉庫の宣伝みたいになって恐縮ですが、ほかにあまりこういう場所がないので言います。ここを訪れることは、あなたの人生にとって意味のある時間になります。