シガーの構造を簡単に説明すると、香りや味のもととなる「フィラー」、それを締め付ける「バインダー」、そして一番外側に巻かれて燃焼を促す「ラッパー」という、3つの葉タバコの層でつくられている。葉そのもののクオリティもさることながら、この巻き加減によって味や香りは大きく異なってくるため、高級シガーには「トルセドール」と呼ばれる職人による、熟練の技が欠かせない。

 だから同じ〝コイーバ〟であっても、フィデル・カストロの専属トルセドールを務めたノーマ・フェルナンデスが2005年に巻いた『ベイーケ』は、たった40本で18,860ドルという、高級腕時計なみの価格がついたりもする。

葉タバコの農園「モンテシーノ」で実演販売をするトルセドール。決して上物とはいえないが、この国でしか楽しめない野趣がある

 しかし、やはりここは社会主義国キューバ。いくら最上位のマスタートルセドールといえど、その収入はほかの労働者たちとそう変わりはない。そこで彼ら彼女らのモチベーションを高めるために、シガー工場側が用意するのが「朗読師」。嘘のような話だが、キューバのシガー工場では、新聞や小説などを労働者たちに読み聞かせる専門の職業が存在し、そのでき具合によって、作業効率は大きく変わってくるという……! 聞くところによると、最近人気が高いのは、モーリス・ルブランの『奇巌城』だとか。ちなみに高級シガーで知られる『ロメオ・イ・ジュリエッタ』は、労働者たちに人気の高かった物語『ロミオとジュリエット』から名付けられたものである。

ピナール・デル・リオ州にある「モンテシーノ」農園。苗を植えるのは手作業、肥料はオーガニック。驚くほど原始的な環境で育てられている

 ハバナから160キロほど西にある、ピナール・デル・リオ州は、そんなシガー用の葉タバコの特産地。この地に点在するタバコ農園は観光客の見学ツアーを受け入れることも多く、葉タバコが生産されるまでの工程を見せてもらうことができる。

 11月〜12月に植えた葉タバコは、3〜4月に収穫し、その後5ヶ月ほどかけて乾燥・発酵させたうえで政府に納品することとなる。その工程はほぼ手作業で、完全なオーガニックだ。

 「おいしい葉タバコをつくるためには、寒暖差と適度な雨量に恵まれたこの地域が最適。もちろんていねいな手作業も大切だ。ほら、うちの労働者は一生懸命働いているからみんな痩せてるだろう?」とは、僕が伺った「モンテシーノ」農園の主人。嗜好品のあるところに、クラフツマンシップあり。シガーの世界には、ハバナのレストランやホテルでは伺えなかった〝職人魂〟というものが確実に存在するようだ。

収穫された葉タバコは三角屋根の小屋でユーカリの木に吊るされて、約5ヶ月ほど乾燥・熟成される。雨が多すぎるとうまく乾燥しないため、シガーの出来は悪くなる。ハバナシガーの味は自然の賜物なのだ

愛すべき社会主義国、キューバ

 無愛想な店員、味も素っ気もない工業製品、融通のきかない役人……。キューバという国は、僕が社会主義国に抱いてきたイメージをまさに地でいく場所ではあったが、だからといって決して嫌いにはなれない。だってお金をモチベーションにできないこの国の人々は、決して冷たいわけではなく、感情そのままに動いているだけなのだ。と考えれば、不親切なホテルマンも、マズイご飯も、縫製が異常に雑なキューバシャツも、とたんに愛すべき存在に思えてくる。それどころか、労働者なみの給料で超ド級のパフォーマンスを見せるこの国の野球選手やミュージシャンたちに、心からのリスペクトを捧げたくなるのだ。

かなりムラッ気はあるが、愛すべきキューバの人々。資本主義経済を取り入れつつあるこの国が変わってしまう前に、ぜひ旅しておきたい国だ

 以上は、僕が2018年にプレスビザで旅をした、キューバのものづくり事情。立場が変われば物事の見え方も変わる。この国の社会情勢はアメリカの動向次第だし、wi-fi完備の外資系ホテルに泊まっているような富裕層から見れば、その印象は全く違ったものになるだろう。

 ただ、次に僕がこの国を旅する機会があったとしても、そういった高級ホテルに泊まるような旅はきっとしないと思う。ハバナ市内の民泊に宿を取り、「人民食堂」で現地の人々と同じものを食べ、もっとこの国の人々が考えていることや、ものづくりを知りたいと思うのだ。