倫理的なものづくり
近年、この国ではファストファッションの工場で働く従業員たちの劣悪な環境がよく話題になっているが、「ファントムハンズ」では労働環境への配慮は万全。給料面はもちろんのこと、無料の社宅や保険加入など、その待遇はインドにおいてはかなり恵まれているそうだ。ここバンガロールは一年通して清涼な気候だし、ひとり当たりの作業スペースも広いので、彼らの仕事ぶりはとても快適そうである。
また、木製家具づくりにおいてはどうしてもつきまとう環境負荷への配慮も、〝ファントムハンズ〟が心がけていることのひとつである。ここの家具に使われるチーク材は、高価ゆえに乱獲され、今やインドではほとんど産出されなくなってしまった貴重な素材だという。そこで〝ファントムハンズ〟の家具は、伐採から100年以上が経った古材を活用。新しい木材を使うときでも、サステナビリティ認証を受けたミャンマー製チークを使うなど、倫理的なものづくりを貫いている。
「近年では都市生活者のサステナビリティ意識が急速に高まっていることを感じます。そんな中で、欧米を中心に〝ファントムハンズ〟の家具が支持されるのは、それが単なる物質ではなく、生き方の方向性を指し示すようなものだと、顧客に伝わっているからなんでしょうね」とディーパクさん。
ものづくりの価値を高め、インドを豊かに
インドにおけるインテリ層に属し、世界の趨勢を身をもって知る彼だからこそ気づくことができた、クラフツマンシップの新しい価値観。しかし残念だけれど、この国で暮らすほとんどの職人はそんな概念を知るすべもなく、高度な技術を持っていながらも、その日暮らしの貧しい生活に耐えている。
もちろん近年はIT技術によって大発展を遂げてはいるものの、それが庶民の生活や意識に恩恵をもたらしているかというと、大いに疑問だ。だって僕が街を歩いていると、いまだに「ジャパーン!テクノロジーナンバーワーン!」なんて次々に声をかけられるくらいだから、いまだに感覚は昭和なのだ。
だからこそ、〝ファントムハンズ〟のようなブランドの意義は大きい。
「〝ピエール・ジャンヌレ〟の復刻プロジェクトは、私たちにとってあくまでもファーストステージ。これからはアーティストとのコラボレートを通して、インドのものづくりを21世紀にアップデートさせていきますよ」とも語っていたディーパクさん。
彼の活動からは、ジャンヌレというフランス人デザイナーによってつくられた物語を利用しつつも、決してそれだけに依存せず、最終的にはインドのクラフツマンシップそのものの価値を高めていくという、したたかな意思がうかがえる。
かつてジャンヌレがチャンディーガルに置く家具をデザインしたとき、彼はインドで再現できる技術と、インドで採れる材料にこだわったという。もちろん現在のようなブームを予見していたとは思えないが、彼は自身がデザインした家具に、インドの人々を豊かにするヒントを封じ込めていたのだ。
チャンディーガル郊外の湖で、静かに眠るピエール・ジャンヌレ。彼が〝ファントムハンズ〟の存在を知ったら、きっと大いに喜ぶことだろう。