回顧録で「打倒プーチン」の勢いは増すか

 ユリアさんの他にも、ロシア国外に著名な反体制活動家は存在する。英国には元石油王のミハイル・ホドルコフスキー氏、イスラエルには元政治家でインフルエンサーのマクシム・カッツ氏などがいる。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は4月16日の紙面で、ナワリヌイ氏の死後こうした亡命活動家たちが一致団結して体制を倒せるか分析している*1

*1After Navalny’s Death, the Russian Opposition Is Divided in Exile(The Wall Street Journal)

 戦略としては、まずロシア国内で徐々に不満を募らせ、現体制に反対する1割から2割の国民の支持を取り付けること。さらには、国内で起こり得る騒乱を利用し、抗議活動のリーダーを担ぎ出して、街頭活動や集会などを引き起こすことだという。

 しかし、現状国外に散り散りになった反体制派がまとまって体制を動かせるかは不透明だろう。やはり、ナワリヌイ氏の意思を受け継ぐユリアさんに期待が高まってもいるという。ユリアさんは4月17日、米タイム誌で今年の「世界で最も影響力のある100人」の一人に選ばれている。

 同誌のインタビューでユリアさんは、ロシアの多くの人々にとって自身が希望の象徴であると言われていることについて「重責であり、人々を失望させないように尽力する」と述べている。さらに、プーチン大統領は夫を殺した敵であり、正しいことのために戦うと宣言した。

 戦闘開始を告げたばかりのユリアさんに、強力な援護射撃を行う人物がいる。亡くなったナワリヌイ氏本人だ。暗殺未遂が起きた2020年から同氏が秘密裏に書き綴り、逮捕ののち刑務所で完成させた回顧録「Patriot(愛国者)」の出版が今月発表された。11ヶ国語に訳され、今秋世界同時発売の予定であるという。

 同著についてユリアさんは「アレクセイ(ナワリヌイ氏)の人生だけでなく、彼が独裁政権との戦いにその命を含め、すべてを捧げた揺るぎない決意の証だ」「正しいことのために立ち上がること、そして、本当に大切な価値を決して見失わないというインスピレーションを人々に与えるだろう」と語っている。

 米デイリー・ビーストは回顧録出版に関する記事に「墓の中からプーチン大統領に最後の一撃を放つナワリヌイ」と見出しをつけている。妻と共に、死してなお戦い続けるナワリヌイ氏の「遺言」は、プーチン政権打倒の一石となるのだろうか。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。