文:渡辺 慎太郎
メルセデス・ベンツが今年も開催した“ワークショップ”の2日目のテーマは「未来へのイノベーション」。近々に登場する新型車に関する技術というよりは、未来を見据えてメルセデスがいま取り組んでいるさまざまな案件についての紹介でした。
人間の脳のような構造「ニューロモルフィック・コンピューティング」とは?
「ニューロモルフィック」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。そのまま訳すと「脳型」ですが、ニューロモルフィック・コンピューティングやニューロモルフィック・デバイスなどとして最近注目を浴びている技術です。
クルマには毎年のように最新の電子デバイスが追加され、AIの搭載も近いと言われています。こうした装備は当然のことながら多量な電力を消費します。地球温暖化抑制のためにせっかくBEVにしても、装備のほうに電力を取られてしまっては航続距離が思うように伸びません。
そこでメルセデスはクルマへの搭載型ニューロモルフィック・コンピューティングの開発を進めています。人間の脳はとても複雑な思考や判断をしているのに、電力に換算するとデジタルAI処理の約1万分の1で動いていると言われています。現在のコンピュータは記憶部と演算部が別々で、両者でデータのやりとりをする際の電力消費が大きいいっぽうで、人間の脳は簡単に言えば演算部の中にメモリーが含まれているのでやりとりの必要がなく、これを次世代コンピュータに応用すれば消費電力の低減とデータ処理速度のアップが期待できるとのこと。
ニューロモルフィック・コンピューティングがクルマへ採用できると、例えば自動運転では標識や車線や歩行者の認識の明瞭度と速度が大幅に上がり、でも消費電力は現在のシステムとくらべて約90%も削減できる可能性があるそうです。
電気関連で興味深かったのは「マイクロパワーコンバータ」。
手のひらに乗るくらいの電力変圧器は、数ボルトの電圧を最大800Vまで昇圧。これが実装できると、いまは直列で繋いでいる駆動用バッテリーを並列で繋ぐことができるようになります。例えば200Vのバッテリーを直列で4本繋がなくても、2本の200Vバッテリーそれぞれにパワーコンバータを装着して400V×2にしたり、4本の200Vバッテリーにそれぞれ装着して400V×4にして2本で駆動、残りの2本を充電したりなんてこともできるそうで、多くの電装品を積むクルマにとってはさまざまな可能性が広がりそうな技術です。
リサイクルプラスチックの代替レザーは本革と区別がつかない
サスティナブルの観点ではリサイクルプラスチックを原料にした代替レザーの展示もありました。隣に本革も置いてあったものの、正直区別がほとんどつきません。
遺伝子組み換えによってシルクタンパク質を精製し、光沢感のあるシルクのような糸を作ってインテリアのトリムに使用することも試しているとのこと。見た目や触った時の質感は本物のまったく変わらないのであれば、ラグジュアリーな雰囲気を壊すこともないので、今後はこういった代替素材が積極的にクルマにも使われるようになるでしょう。
タイヤからブレーキをなくす技術にボディ丸ごと太陽光発電パネル化技術も
個人的にとても興味を持ったのは「インドライブブレーキ」です。これは、電動パワートレインの中にブレーキを組み込んで、回生ブレーキのようにしてクルマを減速させるという技術。
一般的なパッドとディスク(あるいはドラム式)をタイヤの裏側に配置する必要がなくなるので、ばね下が劇的に軽くなり(=乗り心地の向上が期待できる)、パッドとディスクのメンテナンスや交換も必要なく、もちろんブレーキダストによるホイールの汚れも発生しなくなります。耐久性や制動力やコントロール性が担保できればすぐにでも採用してほしい装備です。
この他にも、人間の髪の毛よりも薄く1平方メートルあたりわずか50gしかないソーラー塗料も開発中。
これでBEVの中型SUVのボディを丸ごとラッピングしてしまうと、年間で1万2000km分もの発電ができるそうです。場合によっては充電回数(と充電料金)が激減できる可能性を秘めています。
こうしたクルマに実装する技術や装備の進化も重要ですが、メルセデスは以前から「都市との共存」にも目を向けています。今回も、2040年以降のロンドン/ロサンゼルス/深圳がどのような街になっているかをシミュレーションし、その時にどんなクルマが必要かをいまからもう考察しているというプレゼンがありました。
クルマがどんなに進化しても、充電器や水素ステーションといったインフラの拡充が追い付かないと現在のようにBEVやFCEVの普及が足踏みしてしまい、技術の持ち腐れにもなってしまいます。そうならない未来に向けての準備はすでに始まっているのです。