ミスを注意深く観察する

 自己効力感は極めて重要だ。分からなかったことが分かった。できなかったことができた。ここまではできるようになって、これからはこういうことができるようになりたい。自分がどこまで成長して、今後どれをマスターしていけばよいのかを自覚しなければ、「学ぶ」ことが楽しくなくなるからだ。

 ところがその子は「スペルミスを気にしない」ために、自分がどこまでできるようになったのか、理解できているのかを確認する術を失っていた。理解できていることさえスペルミスでバツにされ、「自分は理解できていないのだろうか?」と不安になる。自己効力感のないぬかるみの中にいた。

 そこで私はスペルミス対策に集中することとし、勉強を一切教えないことに決めた。100円ショップでことわざ集を購入し、「これを毎日10個書き写そう。字が1つでも間違っていたら全部書き直しのルール。いいね?」と伝えた。その子は楽勝楽勝、と気軽に考えていた。ところが。

 たった10個のことわざを書き写すのに、実に3時間。漢字は棒が一本多かったり少なかったり、送り仮名が足りなかったり余計なのがあったり、濁点があったりなかったり。さっき提出したときは正確に写せていたのに、次に提出する時は間違っていたり。「字を気にしていない」ことが明らかだった。

 私は、句読点の有無程度であっても書き写せていなければ、容赦なく「はい、もう一回10個全部書き写し」と言って突っ返した。普段なら、ちょっとしたケアレスミスを私は気にしない。しかしこの子は、ケアレスであることが自己効力感を持てないでいる主原因であったから、軽視できなかった。

「これ、濁点がないだけじゃん。大したミスじゃないでしょ。サービスして! お願い!」

 しかし私は、こう答えた。

「サービスしたいのヤマヤマやけどな。キミはこれを克服しなきゃ。はい、もう一度10個全部書き直し。ガンバって!」

 3日目くらいに泣き出した。10個書き写すことすらできないことが悔しくて。