久世福商店の善光寺大門本店写真提供:共同通信社
日本食ブームが世界で広がる中、米国進出を目指す日本企業は商習慣や規制など多くの課題に直面する。本連載では『日本企業が成功するための米国食農ビジネスのすべて 商流の構築からブランディングまで』(石塚弘記、關優作、田中健太郎著/翔泳社)から、内容の一部を抜粋・再編集。進出に成功した日本企業や参入を支援する企業へのインタビューを中心に、巨大市場攻略のポイントを明らかにする。
今回は、「久世福商店」を運営するサンクゼールの副社長・久世直樹氏へのインタビュー。手探りで始めた米国市場参入の経緯と販路開拓について聞く。
いまや全売上の9割が米国向け――
自社セールスから始まった市場開拓
「ザ・ジャパニーズ・グルメ・ストア」を掲げるサンクゼール。いまや売上の9割を米国市場が占めます。
飛び込み営業と戦略的なM&A、そして危機下で得られた強い結びつきによって、市場を開拓していった道のりについて聞きました。

私たちは、日本で久世福商店という「ザ・ジャパニーズ・グルメ・ストア」をコンセプトにした店を展開しています。
そして米国流通ブランドであるKuze Fuku & Sonsを立ち上げたのが、2019年1月です。
当社の米国事業が始まったのは2017年4月頃、西海岸のオレゴン州の果実加工工場をM&Aし、事業継承をした時でした。
私はそのさらに2年前の2015年に、次の成長戦略を描こうとひとまず先にカリフォルニア州に拠点を移しました。この際、売りに出されている食品工場を多く見て歩きました。
カリフォルニア州で、あるジャム工場が売りに出されていましたが、多くの果物原料がオレゴン州から仕入れられていることが分かりました。そこで、探索エリアをカリフォルニア州だけでなくワシントン州、オレゴン州、アイダホ州などに広げました。すると運よく、オレゴン州ニューバーグにある現在の工場にたどり着きました。
当時から、「当社の美味しい商品を米国人に広げたい」という思いはありました。ただ、このM&Aを進めることができたのは、オレゴンの美味しくリーズナブルな原料で作った商品を日本に輸出し、当社が展開している店舗網で販売するというスキームが成り立ったからです。
特に、夏場に雨が少なく気候が良いオレゴン州では、多くの果物や野菜がオーガニック認証を得ています。そのため、オーガニック商品をリーズナブルに製造することができました。
その頃、日本では多くのオーガニック商品がとても高く販売されていたので、私たちは競争力のある価格で自社販売網を活用して差別化できると考えました。
オーガニックのブルーベリーコンポートや、健康飲料の「オーガニック飲む酢」、そして「いちごミルク」など、日本でヒット商品を生むことができました。
さらに、オレゴン州政府からの熱いラブコールを受け、背中を押してもらったことも大きな要因の1つです。
ライセンスのことや、補助金や人脈など、買収が完了して操業開始するまでの1年程度、政府が様々なサポートを続けてくださいました。Kate Brown前州知事は、日本の本社に遊びにきてくださったり、オレゴンの開所式に駆けつけてくださったりしました。
その後、コロナ禍を切り抜け、2022年から急激な円安局面に差し掛かり、思い切って日本向け製造を減らしました。2023年12月現在、全売上のうち米国市場が9割程度で、日本への輸出は10%程度。米国市場開拓に力を入れています。
■ 最初は自社セールスしか選択肢がなかった
当社は米国事業を立ち上げた当初から、日系輸出入商社との取引はなく、自社で貿易とセールスを行ってきました。
最初は、数アイテムからのスタートでした。右も左も分からず、米国で流通するために問屋に流通してもらいたいと思って、意気揚々と商談を申し込みました。
しかし、Kuze Fuku & Sonsの米国での取り扱い店舗はゼロで、相手にしてくれる問屋さんはありませんでした。最初から自社セールスにこだわっていたわけではなく、それしか選択肢がなかったというのが正直なところです。
そこから私たちは、地元のパン屋さんや小売店、スーパーマーケット、レストランなどに飛び込み営業を繰り返しました。少しずつですが、取り扱ってくださるお店が増えていきました。
直接アカウントを開設しては、自分たちで配達する、郵便で送るなどから始めました。
今考えると、この直接販売がとても良かったです。というのも、小売店やスーパーマーケットの需要やお困りのこと、私たちの商品の反応を直接聞き取れたから。それを新商品開発や販促企画、試食販売、パッケージデザインなどに活かすことができました。
その繰り返しを続けてきましたが、今では、約60アイテムの商品を取り扱うまでになりました。
■ 自社工場を持つことのメリット
現地に自社工場を持つことができたのは、非常に良かったと考えています。
現地生産することで、リードタイム短縮、商品の美味しさの改良など小回りが利きます。そして、何よりも価格競争力を生み出すことができます。
また、米国では「Produced in USA(アメリカ産)」というのが効果的で、米国人消費者から評価されます。日本人が日本産を好むのと同じ感覚です。
当社では、米国で製造できるものはできる限り米国工場で製造しています。ただし、日本製造だからこそ価値や生産性が高い商品も多いです。
その一例が、当社の定番商品であるTraditional Umami Dashi(万能だしパック)です。こうした商品は、米国での製造は難しいですし、逆にコストアップになってしまいます。
日本で製造されたこだわりの高い商品は、米国人にも求められているので、マーケティングやパッケージ、小売店での展開次第でヒット商品に育てることも可能だと思っています。
■ 一緒に汗をかき、チームとなる
人員体制としては、M&Aから始めた事業なので、従来のスタッフやマネジメントを引き継ぐ形でスタートしました。
M&A後は、夜中まで従来スタッフと膝をつき合わせ、対話し、ビジョンや改善プランを共有しました。
日本向けの商品製造も増えてきた時に、少なくない新規従業員を採用し、時間をかけて教育しました。おかげで、技術力もついてきました。
しかし、1年くらい経過した頃、製造スタッフ20人のうち15人が退職してしまったのです。
南米から出稼ぎに来ている移民系の方たちが労働ビザを取得せずに働いていたケースも当時多発していました。トランプ政権時に取り締まりも強化されました。
そこで駐在員や事務員、私も含めみんなで工場に入り、補強することで、製造稼働を大きく落とすことなく、何とか難を逃れることができました。
現地の従業員と日本から来た駐在員、マネジメントが一緒に汗をかき働くことで、一体感が生まれた瞬間でもあり、今から考えるととても良い経験でした。
サンクゼールの価値観や社風がそうですが、ピンチの時にリーダーが逃げず、徹底的に汗をかいて働き、戦う。そんな姿に万国共通で感動する、熱が伝わることもあるのでしょう。
このように会社で問題が起きた時には、幹部社員を自宅に招き、オレゴンの大自然に面した中庭で焚き火を囲みながら、問題解決に向けて語り合ったりします。コロナ禍の初期に多くの取引先から注文が途絶えてしまった時もそうです。
不思議なことに、問題と向き合う静かな時間を仲間と過ごすことで、解決策などが生まれてきます。
■ コロナ禍で生まれた現地の絆
多くの取引先や顧客がコロナ禍初期に生まれました。それが最大のターニングポイントであり、私たちが米国に強いコミットメントを持って事業に取り組んだきっかけであったと思います。
オレゴン州では、2020年3月にState Executive Order(自宅待機規制)が発令されました。その前後で、オレゴン州政府から、手指消毒液(ハンドサニタイザー)やマスクが医療機関で不足していて病院関係者や患者が困っている、会社に余っているものがあれば送ってほしいと連絡がありました。
そこで、私たちの食品工場でハンドサニタイザーを製造することを即決し、2000本の消毒液を病院や自治体、教会などに寄付しました。
どうしたことか、その後オレゴン州から連絡があり、寄付した分の何倍もの規模の消毒液を私たちから購入したいと発注書が届きました。
また、多くの消費者から、サンクゼール、Kuze Fuku & Sonsを応援したいと自社のECを通した注文が急増しました。
また、当時の小売店において、店員の皆さんもコロナ禍で怖がっていると思い、地元の小売店やスーパーマーケットに消毒液を1、2ケース寄付しました。そうすると、驚いたことに、私たちの商品の取り扱いを決めてくれたのです。
今、私たちの売上の多くを占めるのが、当時おつき合いを始めた小売店やスーパーマーケットになります。
私たちはこの時期、米国人の懐の深さや、人情味溢れる人間性などに感動し、会社としてもっと貢献し、日本の美味しさを米国人に届けたいという気持ちが強くなりました。
<連載ラインアップ>
■第1回 オレゴン州政府も応援した「久世福商店」のサンクゼールは、いかに米国市場を開拓したか(本稿)
■第2回 「米国人も大学芋が好きなんだ」サンクゼール副社長が飛び込み営業で体得した、無名の企業が泥臭くやるべきこととは
■第3回 米国での成否を握るアウトソースセールス 日系企業が頼るべき相手は「ブローカー」「セールスレップ」のどちらか?
■第4回 伊藤園の北米法人CSOが明かす なぜ「お~いお茶」ではなく新ブランドで米国市場に進出したのか?
■第5回 はくばくの乾麺はなぜ全米でヒットしたか? キーマンが明かす「ホワイトスペース」「パッケージデザイン」の重要性
■第6回 くら寿司、創味食品が米国で成功している秘訣とは? 海外進出支援のプロが語る日本企業に必要な3つのこと
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