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 CO2(二酸化炭素)の28倍もの高い温室効果を持つメタンガス。近年、それをエネルギー源として活用することで温暖化防止や省エネルギーに貢献するという新たな取り組みが、日本の地方ガス事業者の間で生まれているという。

 そもそもメタンガスとはどんな性質を持つガスなのか。温暖化防止の観点から、どのような課題を有しているのか。地方における利活用の取り組みが今後のガス業界にいかなる影響を及ぼすのか。ガスエネルギー新聞常務取締役編集長の大坪信剛氏に聞いた。

メタンガス発生抑制は地方自治体の大きな課題

――地球温暖化防止や省エネに関わるエネルギーとして、「メタンガス」が注目を集めていると聞きました。そもそもどんな性質を持つガスなのでしょうか。

【ガスエネルギー新聞】

都市ガス会社の今を報道する業界唯一の新聞。天然ガス、LNG、燃料電池などガス業界の技術や製品情報、企業ニュースの他、周辺業界や行政の動きなども幅広く報道する。2023年7月から新メディア「ガスエネWeb」を公開中。

大坪信剛氏(以下・敬称略) メタンガスは、天然ガスの主成分となっている可燃性の気体です。自然界にも存在しますが、一般には石炭、石油、天然ガスなどエネルギー採掘時の排出が主な発生源で、この他農業分野や廃棄物分野からの排出も多いです。
 
 日本の場合はエネルギー採掘が少ないので、農業分野がメタンガスの最大の発生源となっていて、環境省によれば、その割合は全体の81.9%に達します(※)。

※環境省『2022年度の温室効果ガス排出・吸収量』
https://www.env.go.jp/content/000215754.pdf

 メタンガスの排出が注目される大きな理由の一つは、温室効果が非常に高いことです。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によれば、地球温暖化への影響度は同じ量のCO2(二酸化炭素)の28倍にもなると言います。その意味で、メタンガス排出を抑制することは温暖化防止のために非常に重要です。

――具体的に、どのような場所で排出されるのですか。

大坪 日本の場合、農業分野で最もメタンガス排出の割合が大きいのは、家畜関連です。家畜の排せつ物もありますが、有名なのは、牛のゲップですね。牛は何時間も反芻(はんすう)を繰り返しながら胃の中の微生物の力を借りて草を消化するのですが、その副産物としてメタンガスが発生します。農業関連団体や研究機関では、排出を抑えるために牛の胃の中の微生物やエサの研究に取り組んでいるそうです。

 それから水田も発生源です。稲を収穫した後に残る稲藁が田んぼの中で発酵し、その際にメタンガスが排出するのです。土壌が濡れているとメタンガスの発酵が進むので、できるだけ乾燥させることで発生を抑制するといった対策がすでに行われています。

――そのようなメタンガスを、ガス業界ではどのように捉えているのですか。

大坪 農業分野と並ぶ発生源となっているゴミ処理工程や下水処理工程からのメタンガスを、新たなエネルギーとして活用しようと挑戦するガス事業者が出てきています。

 私たちの生活の中で出される生ゴミ(食品残渣〈ざんさ〉など)や下水汚泥が、微生物の力によって発酵するとメタンガスを排出します。そのまま大気に放出されると、温暖化を助長してしまうのです。ゴミ処理・下水処理は地方自治体の管轄事業ですから、生ゴミや下水汚泥由来のメタン発生をどう抑えていくかは全国の自治体にとって大きな課題となっていました。
 
 これをエネルギーとして上手に活用できれば、温暖化防止に貢献できます。今まで無駄に排出されていたガスを利用するので社会全体の省エネルギー化にもつながります。日本下水道事業団によれば、メタン発酵を行っている下水処理場は全国に約280カ所あり、そのうちエネルギーとして積極的な利用に取り組んでいる処理場は約40カ所あるそうです。特にここ5年で10カ所ほど増えています。

 背景にあるのは、脱炭素の潮流です。日本の地方自治体の多くが「ゼロカーボンシティ」を宣言しているのですが、具体的にどう取り組んだらよいのかと悩んでいるのが実情です。地方で最も着手しやすかったのが太陽光発電設備の普及推進でしたが、次の潮流になりそうなのが、ガス事業者との協業によるメタンガスのエネルギー化というわけです。

日本ガス、鳥取ガスの注目の取り組みとは?

──エネルギーとしてどのように活用するのでしょうか。

大坪 具体的な活用方法としては大きく二つあります。一つは、メタンガスをそのまま都市ガスとして利用する方法です。

 メタンガスは実は都市ガスの主成分でもあります。都市ガスはメタンガスの他にプロパンなど他のガス種も加えて、一般家庭で使えるように加工しているのですが、それと同様に、ゴミ処理・下水処理工程で出たメタンガスも加工して都市ガスとして直接利用しようという動きが出ています。

 例えば、鹿児島の都市ガス事業者である日本ガスは、地元自治体と連携し、ゴミ清掃工場から得たメタンガスから都市ガスを生成して供給する事業を始めました。日本のガス業界では初となる取り組みで、すでに全国から多くの見学者が訪れているそうです。

 もう一つは、メタンガスを使って発電し、電力エネルギーとして供給する方法です。こちらについては鳥取県に本社を置く鳥取ガスが、鳥取市と共同で「とっとり市民電力」という新電力会社を設立し、下水処理場から発生するメタンガスを利用して発電し、その電気を販売する事業をスタートさせています。

 ちなみに、これは「電気・ガスの小売り自由化」の成果でもあります。自由化の結果、従来の電力会社でなくても、自前の発電設備で作った電力を地元の電力会社に売って収益を得ることが可能になったからです。鳥取ガスは、自由化の際にいち早く電力販売事業に参入したガス会社でもありました。

 鳥取ガスは非常に意欲的で、さらに下水処理から生まれるメタンにCO2と水素を加えて「e-メタン」を生成する構想も進めています。第1回でもお話ししましたが、「e-メタン」はCO2を回収する技術の一種なので、普及を進めることは脱炭素化にも貢献します。

 私がこうした動きに注目しているのは、大都市ではなく、地方都市のガス事業者が果敢に挑戦しているという点です。鹿児島の日本ガスや鳥取ガスの取り組みは全国的に関心が高まっています。事業性が明らかになってくれば、次第に他の地域にも波及し、いずれは東京圏や関西圏など大都市部のガス事業者も取り組むようになるかもしれません。

脱炭素を「自分ごと化」する契機に

──メタンガスの活用が全国的に普及していく上での課題は何でしょうか?

大坪 ここまで良い面ばかりを強調してお話ししましたが、温暖化防止や省エネルギーに貢献するとはいえ、メタンガス事業に参入するためには設備をそろえるための初期投資が相応にかかります。

 ガス事業者が地元自治体と協業すると言っても、どこの自治体も財政は厳しく、予算を捻出するのは大変でしょう。その意味で、国の政策的な支援を取り込めるかどうかが大きな課題だと思います。

 私自身は、日本が温暖化防止・脱炭素社会の実現に本気で取り組むなら、太陽光発電普及のためにFIT制度(固定価格買取制度)を取り入れたのと同様に、メタンガス事業を支援する制度や補助を、国の主導で積極的に導入すべきだと考えています。

──メタンガス活用の取り組みに何を期待しますか?

大坪 仮に将来、全ての自治体が生ゴミ・下水汚泥由来のメタンガス活用に取り組んだとしても、それで賄えるエネルギーの総量は決して多くはないかもしれません。しかし第2回でもお話ししたように、地政学的リスクの高まりや中国のLNG輸入拡大など、日本の天然ガスの調達にはさまざまな課題が出てきています。

 そんな中で「ガスエネルギーの地産地消」を可能にするメタンガス活用の取り組みは、エネルギー安全保障の意味からも大きな意義があるはずです。

 それともう一つ、私が考える大きな意義は、脱炭素や温暖化防止の取り組みを「自分ごと化」する契機になり得る、という点です。第2回で、火力発電が占める日本の現状では、「一足飛びにCO2排出ゼロを達成するのは極めて難しい」とお話ししました。

 しかし、だからと言って、せっかく高まった脱炭素の機運を失わせてはいけない。最近は欧州ですら、脱炭素ブームがやや現実路線に戻りつつあります。ですが、この機運を一時的なものに終わらせないために、現実的なエネルギー利用のあり方を考えながら、一部の大企業だけでなく、地域の小さな事業者や自治体レベルで脱炭素に取り組んでいる姿勢を示していくことが重要です。

 それを防ぐためには、今回お話ししたメタンガス活用のように、脱炭素を身近に感じ、自分ごと化できるような取り組みが必要だと私は考えています。たとえその成果は小さくても、それを維持し、皆のモチベーションの源泉として蓄えていくことが大切です。

 都市ガス会社としても、単に「ガスを供給してCO2を排出している企業」から脱して、脱炭素に貢献しているという意識を実感することができるでしょう。その意味で、日本ガスや鳥取ガスの取り組みは非常に意義深いものだと感じます。この取り組みが、全国に広がっていくことを大いに期待しています。

【ガスエネルギー新聞】

都市ガス会社の今を報道する業界唯一の新聞。天然ガス、LNG、燃料電池などガス業界の技術や製品情報、企業ニュースの他、周辺業界や行政の動きなども幅広く報道する。2023年7月から新メディア「ガスエネWeb」を公開中。

<連載ラインアップ>
第1回 注目技術「e-メタン」で脱炭素社会をどう創る? ガスエネルギー新聞編集長に聞く、都市ガス業界の最新動向

第2回 「一足飛びに排出ゼロ」はどこまで現実的か? ガスエネルギー新聞編集長に聞く、日本の電源構成の最適解
■第3回 温室効果はCO2の28倍、排出抑制すべきメタンガスが「エネルギー源」として注目される理由(本稿)
第4回 AI、RPAをサプライチェーンで大活用 東京ガス、大阪ガス、北海道ガスが進めるDX最新動向

第5回 700社超が「GXリーグ」に参加、都市ガス業界が「カーボン・クレジット市場」に感じた新しい価値とは?
第6回 南海トラフ、首都直下型にどう備えるか?ガスエネルギー新聞編集長に聞く、進化する都市ガス業界の巨大地震対策

第7回 石破政権のエネルギー計画、投資ファンドが狙う都市ガス業界…ガスエネルギー新聞編集長の2025年の注目トピックは?
第8回 2029年からのロシア契約満了、トランプ外交の地政学的リスク…日本の天然ガス調達を脅かす新たな懸念材料と商機とは

第9回 大阪ガスは、なぜ今「インド」へ? 天然ガスは米国との「交渉カード」となるか? 注目動向を専門紙編集長が解説
第10回 脱炭素目標は本当に後退したか? 専門紙編集長が読み解く「ガスビジョン2050」とエネルギー地産地消の最新動向


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