TBSの人気番組「世界遺産」の放送開始時よりディレクターとして、2005年からはプロデューサーとして、20年以上制作に携わった髙城千昭氏。世界遺産を知り尽くした著者ならではの世界遺産の読み解きと、意外と知られていない見どころをお届けします。
文=髙城千昭 取材協力=春燈社(小西眞由美)
水田の中に築かれた望楼群
20世紀初め、大西洋を3週間もの船旅で越えた異国人たちを、ニューヨーク湾の入口で出迎えたのが「自由の女神像」です。アメリカ独立100周年を祝ってフランスから贈られたプレゼントで、正式名は「世界を照らす自由」。1886年に完成し、今では移民の国アメリカの象徴として世界遺産になっています。来年1月、大統領に返り咲くトランプ氏の祖父はドイツ、母はスコットランドから渡ってきました。
こうした移民たちが、夢と憧れをいだいて見上げたのが、自由の女神だけでなくニューヨークの摩天楼だったのかも知れません。高層ビルが空を切りとるように描く“スカイライン”を海から眺めるとき、魂はえも言われぬ感動にうち震えるのです。
1910年代にニューヨークの摩天楼は、一つの頂点に達したといいます。マンハッタン島には高層ビルが次々に建設されました。そして1931年、当時世界一の高さ(381m)を誇るエンパイア・ステート・ビルが完成します。街を360度ぐるりと一望できる86階の展望台は、開業時から人気を博し、都市に新たな“眺め”を与えました。超高層ビルは、世界中から人々がつどう観光スポットとなり、名実ともに街のランドマークになったのです。
今回紹介するのは、中国広東省にある「開平の望楼群と村落」です。ニューヨークに高層ビルが林立し始めた時代とちょうど同じ頃、開平市一帯の水田のただ中に、高層ビル(望楼)がニョキニョキと築かれました。まさに“農村の摩天楼”。現在まで残っている数は1833棟、その内、4つの村落にまたがる20棟が世界遺産です。
望楼の多くは鉄筋コンクリート造りの5~6階建てで、下層は無骨なまでにシンプルな箱型の塔。でも最上部にはバルコニーが張り出し、古代ギリシャの柱廊にイスラム風のアーチが並び、四隅に東屋が乗っかり、天辺にはドーム屋根やらバロックっぽい三角の切妻壁が立つという世にも珍しい建築です。
壁には、ところにより花柄や「喜」の字のデザインなど、中国趣味も満載。そんな楼閣が村落ごとに無数に立ち並び、呆気にとられます。西洋と東洋のスタイルや文化が継ぎはぎ、ごちゃ混ぜになって、むき身で投げ出されていました。
では、なぜ広東省の米作りが盛んな水田地帯に、1910年代からわずか20年の間に、突如“摩天楼”が生まれたのでしょうか?