上野で生まれた新作が見逃せない

展示風景より

 昨年、荒木は東京都美術館にて、様々な国にルーツを持つこどもたちを対象にワークショップ「昔ばなしが聞こえるよ」を開催。こどもたちは紙を使って蝶の形を模したテントや絵本づくりを体験しながら、自分のルーツがある国の昔ばなしを紹介し合ったという。

 展覧会ではそのワークショップから生まれた“蝶の形を模したテント作品”が紹介されている。モチーフは荒木がメキシコで出会った「モナルカチョウ」。地面にとまり羽根を広げた姿を、テントの形に見立てて制作された。このモナルカチョウは渡り鳥のように“渡り”を行う蝶で、国境を自由に行き交うことができる。だが、メキシコの人々はトランプ政権下で国境を越えようとしても越えることができなかった。荒木は「そんな人々の思いをこの作品に重ねた」という。

展示風景より、荒木珠奈《記憶のそこ》 2023年

 展覧会の最後を飾るのが、新作インスタレーション《記憶のそこ》。作品の制作にあたり、上野について徹底的なリサーチを行ったという荒木は、上野の特質と新作についてこのように解説する。

「上野は関東大震災、戦後の闇市、美術館や博物館の誕生、パンダの来日など、様々な歴史的出来事の舞台になった場所。時代による変化とともに、多様な人々を惹きつけ、受け入れてきました。新作インスタレーション《記憶のそこ》では、過去や未来、美しいもの、下世話なものを大きく飲み込み、吐き出す、中空の籠、あるいは檻のようなものを表現しました」

 巨大な籠のようなカタチをした《記憶のそこ》。その籠の一部はぐにゃりとひしゃげ、中にいたモノはすべて外へ飛び出していった、という物語を見る者に思い描かせる。

「私は現在、ニューヨークで暮らしています。ですから、今の自分はマイノリティ移民なんです。この展覧会で、越境、多様性、包摂といった現代社会が抱えるテーマについて、何かを感じてくれるとうれしい。夏休みシーズンですので、こどもたちや若い人に見ていただき、美術館のなかで不思議な体験やトリップを経験してほしいですね」