歴代の芸術家に愛され——「ビエンナーレ」誕生

改装を重ねてもあえて残した外観が歴史の長さを物語る

 ディケンズ、モネ、ゲーテ、ワーグナー、ハイネ、ニーチェ、チャップリン、ヘミングウェイ……国内の芸術家はもちろん、カサノバも足繁く通いあの『回想録』のネタを編み出し、トマス・マンは「ベニスに死す」の構想を得た。300年の歴史の中で、「フローリアン」を愛した著名人、知識人は数知れず。昔は船で、汽車で、その前は馬車で何か月もかけて、往年の芸術家たちはこの噂のカフェをめがけて旅し、滞在した。ここに座り、珈琲を飲みながら自由を満喫し、人と会話し、刺激を受け、芸術作品を残した。

ナポレオンに「世界で最も美しいサロン」といわしめた優雅な店内

 国際的な美術の祭典「ビエンナーレ」も、この「フローリアン」での会話から生まれたもの。その二年後の1895年に実現を果たし、現在も後援者としてイベントを行っている。

 世界に唯一無二の生きる伝説「フローリアン」。だが、イタリアの劇作家カルロ・ゴルドーニが描いたカフェと人々の関係は、250年をゆうに経た今もそう変わらないことに気づく。ここで上演された戯曲『カフェ』より、カフェの主人の台詞——。

「私の職業は、この街の栄光のため、人々の健康のため、そしてちょっとした気晴らしを必要とする人々の名誉ある喜びのために必要なのだ」

 あなたにとってカフェはどんな場所ですか。

 

Caffè Florian
P.za San Marco, 57, 30124 Venezia Italia

柏原 文・著『ヨーロッパのカフェがある暮らしと小さな幸せ』(リベラル社)