ヨーロッパの人たちにとってのカフェは、文化や歴史に根付きくらしの一部。人生を豊かにしてくれるカフェ文化をこよなく愛し、カフェ巡りをライフワークとしているエッセイストの柏原 文さんが、一度は行きたいヨーロッパのカフェを、珈琲と人生にまつわる物語と美しい写真ともにご紹介。ぜひ珈琲のお供にぜひお楽しみください(全5回)。
取材・文=Aya Kashiwabara 写真協力=飯貝拓海 編集協力=春燈社
*本稿は『ヨーロッパのカフェがある暮らしと小さな幸せ』(リベラル社)の一部を抜粋・再編集したものです。
300年の歴史を誇るヴェネチアの玄関口
13世紀に船で外国を巡り『東方見聞録』に日本を《ジパング(黄金の国)》と書き記したマルコポーロは、ヴェネチアの貿易商人である。シェイクスピアは『ヴェニスの商人』という戯曲を著わした。海に浮かぶちっぽけな島々からなる港町は、その地の利と、ヴェネチア人特有の進取の気性をもって古くから商人の街であった。かつては金と同様の価値があった東洋の香辛料を輸入しては海洋貿易で繁栄し「アドリア海の女王」とよばれるようになる。イスラム世界の貴重な黒い豆が運び込まれたヨーロッパ最初の土地も、やはり、ヴェネチアだった。
胃薬として到来した珈琲はやがて高級な嗜好飲料として広がり、早くも17世紀にはヨーロッパ初のカフェがヴェネチアにオープンする。そして1720年、のちに「フローリアン」に改名される「勝ち誇るヴェネチア」が誕生。改装を重ねる中で、ヴェネチア中から最高の職人たちを呼び寄せ、金に縁どられた蒔絵に赤いビロードの椅子、ヴェネチアングラスのランプなど、豪奢なカフェを造り込んだ。
以来、「フローリアン」は国際都市ヴェネチアの玄関口として、古今東西の芸術家や知識人を迎え入れては、数々の伝説を残してきた。現存するヨーロッパ最古のカフェである。