小説家にして劇作家、映画監督としても活躍したマルグリット・デュラス。文壇での地位を揺るぎないものとしていた70歳の時に発表した『愛人(ラマン)』は、発刊されるや否や世界中に大きな衝撃を与えた。物語は実体験に基づき、15歳だった彼女と裕福な華僑男性との性愛体験を描く。さらに、老境に達したデュラスが、当時幼い自身を金で買った男について「愛していた」と述懐するのだ。
「舞台となったサイゴン(現ホーチミン)は、どんな街なのか」。小説内で繰り返される映像(イマージュ)という言葉の残像、せめてそのシッポくらいに手が届けばいい。そんな薄っぺらい英断にて、タンソンニャット国際空港に降り立ったのが20歳のときだった。
けだるい暑さと湿度、首筋をつたう汗。印象的だったのは、蓮茶。桜餅やズブロッカのようなほんのり甘い香りを持ち、楽園……いや、ちょっとした極楽浄土感をも漂わせる。激しく行き交うバイクが巻き上げる埃、屋台から流れる食べ物の匂いが混然となった、生々しいイマージュ。
さて、ぼんやりしていても、腹は減る。そんなとき、半屋台・ほぼ路上な店で出合ったのが、「バインセオ」だ。立ち止まると、元気なおばちゃんが迎え入れてくれ、相席の人や通りすがりのおばあちゃんも加わり、身振り手振りで食べ方まで親切に教えてくれた。
後から知ったことだが、生地は米の粉。お米の国同士の親和性に、異国情緒、味わいの優しさ。そんなこんなで、今回は、素朴でフレンドリーなベトナム家庭&ストリートの味、「バインセオ」のレシピと相性抜群のワインをご紹介。工程はシンプルながら、ホームパーティで用意しても喜ばれるので、レパートリーにぜひ加えてみてほしい。
※ 追記:2023年、ベトナムと日本は、外交関係樹立50周年。
海鮮バインセオ(Bánh xèo)
バインとは「餅」(粉で焼かれたものも含む)、「セオ」は“セオセオ=ジュージュー”といったような擬音語らしい。
見た目から、ベトナム版お好み焼きと紹介されることが多いが、生地が米粉やココナッツミルクからなるうえに、一口大にカットしてパクチーやミント、大葉とともに葉野菜に包んでいただく点で、趣がかなり異なる。
海鮮の代わりに、豚肉でもOK。
材料【約6~7人分】
※店舗では40㎝ほど(約3人分)の特大サイズで提供していますが、熟練度が必要なため、ご家庭のフライパンの大きさに合わせてお試しください。
A
上新粉…100g
片栗粉…大さじ1
ターメリック…2g
ココナッツミルク…50cc
卵…1個
水…400cc
塩…少々
万能ねぎ(薄く小口切りにする)…1束
むきえび(背わたを除く)…150g
イカ(わたとげそ、軟骨を抜いて1㎝幅の輪切りにする)…150g
緑豆(柔らかくなるまで茹でる)…適量※なくても可
玉ねぎ(薄くスライスする)…赤玉ねぎと玉ねぎ各半個分
もやし(洗ってざるに上げ、熱湯で10~15秒湯通しする)…2袋
B
ヌクマム…50cc
水…150cc
砂糖…50g
赤唐辛子…適量
※店舗のタレは配合非公開のため、目安の分量を表示。
※お好みで酢やレモン、ライムの搾り汁を加えても可。
サニーレタス、パクチー、大葉、ミント、人参…各適量
サラダ油…適量
作り方
1. 生地を作る。ボウルにAを入れて、なめらかになるまで混ぜ、ラップをかけて冷蔵庫で1時間ほど寝かせ、万能ねぎの半量を加える。
2. タレを作る。小鍋を火にかけてヌクマムと水、砂糖を入れて煮立たせ、冷まして赤唐辛子を加える。
3. フライパンを強火で熱し、サラダ油を注いで海老とイカを炒める。火が入って色が変わったら、1の生地を注ぎ入れ、フライパンを傾けながら薄く均一に広げる。
4.3の表面が乾いて見える程度に焼き、玉ねぎと緑豆、万能ねぎを加える。
5.4の縁に焼き色が付いたタイミングで、鍋肌から大さじ2~3のサラダ油を注ぎ入れて揚げ焼きにする。
6.5に湯通ししたもやしをのせる。ふちにしっかりと焼き色が付き、フライパンから浮き上がって生地全体がパリっと仕上がったら、フライ返しなどで手前から持ち上げ、二つ折にして皿に盛り、サニーレタスやミント、大葉、パクチーを添えてタレをつけていただく。
担当編集者、木村千夏がセレクトした、おすすめワイン!
ラドラ・ワイナリー
ダラットワイン(右)
ホーチミンから北へ約300㎞、フランス植民地時代に拓かれた避暑地「ダラット」産のワインという時点で、シチュエーションとして『愛人(ラマン)』感は十分。
青いバナナやキュウリ、パパイヤの香り。一見シンプルな構成のようで、味わいの底に台湾料理店の甕酒的なニュアンスが覗く。
一筋縄でいかないけれど、ミントやパクチーなど個性が強いハーブの混在するバインセオと合わせると、カオスレベルが緻密にマッチ。五香粉をアクセントにしたオリエンタルな水餃子と合わせても面白い展開を生んでくれそうな、ミステリアスな1本。
ブドウ品種:カーディナル
ポール・ジャングランジェ
アルザス ゲヴュルツトラミネール ヴァロンブール(左)
何しろ『愛人(ラマン)』を引きずっているので、求む、官能的な要素。ならば、ライチのような香りを持つ品種、ゲヴュルツトラミネールは外せない。
こちらは、冷涼な気候のフランス・アルザス産。華やかでインパクトがあるが、ピシッとストイックなミネラルの理性があるため、絶妙なあわいを縫って、だらしなさに堕ちない品格を保つ。アフターに白コショウやジンジャーのニュアンスが伸び、おおらかさのあまり単調になりがちな粉もんのアクセントとしても、かなりイイ仕事する。
ブドウ品種:ゲヴュルツトラミネール
問い合わせ:モトックス(https://www.mottox.co.jp/)
希望小売価格:3,300円(税別)
教えてくれたのは
「サイゴンレストラン」トランアンチュンさん(右)、お母様の安倍美智子さん(左)
今や、現地感あふれるアジア料理店が軒を連ねる池袋に創業し、約30年の「サイゴンレストラン」。今日のベトナム料理人気をけん引し、「ミシュランガイド東京」で、2016年、17年に「ビブグルマン」部門に選出された人気店だ。カジュアルながら、味わいは抜群。実は家族経営で、息子のトランさんが舵を取ってベトナム料理の発信に努めるほか、温かなお母さんのサービスは、実家に帰ってきたような心地よさ。