人気店の事業承継

長らく、オーナーにして店長、としてFIRE KIDSをひっぱてきた鈴木雄士さんは、今年、店長の座を退いた。

新店長となったのは野村一成さん。川崎の『スイートロード』の創業者、中村昌義さんのもとでアルバイトを始めたところから、時計の仕事とかかわった時計好き。スイートロードでは10年弱働き、店長も経験した。その後、独立。アンティークウォッチのディーラーとして活動していて、鈴木雄士さんから誘われた。

左が鈴木雄士さん。右が野村一成さん。

鈴木さんはしばらく前から、誰かに店を引き継いでもらうことを考えていた。

小さな店とはいえ、評判はよく、忙しいときには月に100本以上の時計が、オーバーホールや修理で持ち込まれる。顧客、その大切な時計、 FIRE KIDSで働くスタッフ。それらへの責任は、人間である以上、永遠に背負い続けることはできない。

「FIRE KIDSを残していくためには、いつかは誰かに継いでもらわなくては……」

話し好きの鈴木さんが、そう、会話のなかでこぼしたところ「本気でしたら手伝いますよ」と、馴染みのお客さんが手を挙げた。そこから、M&Aを得意とする株式会社イードア(https://edoa.co.jp/)を紹介され、やはり時計が好きで、時計文化に投資をしたい、という人物とつながった。

その人と、鈴木さんとの相性は 、期待以上のものだった。

野村新店長の起用、質を維持しながらお客さんを待たせないようにしたいと考えていた時計の修理・メンテナンス業務は、21年間、技術者としてリシュモンジャパンで活躍した櫻井茂人氏を顧問に据えた新体制に、鈴木さんが創業以降、少しずつ手を加えていった店は、そのテイストを維持したままリニューアル、さらに、人気のあったホームページもアップデートし、商品や店の紹介だけではない、アンティークウォッチの情報発信も始まった。

「時計好きにとって有益で楽しめる場所がまだまだ少ない。時計の売り買いで儲けたいのではなく、日本の時計の文化に投資をしてゆきたい。」

あくまで、自分は出資者、日陰の存在でありたい、として、名前も顔も明かさない「あしながおじさん」のような新オーナーの時計好きとしての「あったらいいな」がFIRE KIDSで実現しようとしている。

「とはいえ、FIRE KIDSさんのような個人店は大企業のように経営に関する資料がなんでもきちっと整理されて揃っているわけではなくて、実は、そういう引き継ぎに関しての資料を用意するのは大変でした……」

意気投合する二人の影で奔走した、イードアの代表、中村さんはそう語る。そして、お店に通っているうちに、自分も時計を買ってしまったという……

アンティークウォッチならではの魅力

中村さんでなくても、FIRE KIDSを訪れると、ついつい、アンティークウォッチに手を出したくなってしまう。FIRE KIDSの中核は1940年代から70年代までの時計。きっちりオーバーホールされているので、新品同様とまではいかないにしても、十分、使える。

価格帯は、ものにもよるけれど、20~30万円くらいから考えれば、面白い一本が手に入る。そこから先はだいたい、20万円刻みで、50万、70万……と考えるといい。

その魅力を、野村店長はこういう。

「FIRE KIDSで取り扱う1970年代くらいまでの時計は、街の時計屋さんでメンテナンスしながら使い続けることを前提につくられています。現代の、メーカーで修理することを前提とした時計とは、そこが違う魅力だと私はおもいます。維持費用が安く済む、というのも大きいですが、大切に扱えば一生使える。それどころか、子供に、孫にと引き継ぐことができます。そういう時計が「アンティークウォッチ」だと私はおもうんです。」

しかも

「いま、ここまで手をかけてつくったら、いくらになっちゃうんだろう? という時計がアンティークウォッチにはゴロゴロあって、宝探しなんですよ。こんなにいいものが、こんな値段で!?  というものに出会えますから。」

さらに現在は顧問になった鈴木さんは

「僕は、マイナーだけど、かっこいいスポーツウォッチとダイバーズウォッチが好きで、例えば、テクノスの『スカイダイバー』はお気に入りです。一時期、スイスの高級時計として、ラドーとともに知名度が高かったのがテクノスで、ブームになったので、数が多く、それほど、高騰していません。文字盤がミラーダイヤルで、経年劣化でブラウンチェンジするんですが、それがカッコいい!」

テクノス『スカイダイバー』

もちろん、古い時計は現代の時計と比べれば、精度で負けることが多い。そして、なにより防水性能や耐衝撃性能といった信頼性は、新品ほど高くはない。しかし、それを補ってあまりある魅力がある。

もしもまだ所有したことがないようであれば、時が経っても色あせないどころか、色気を増しさえする新作ではない時計を、一本選んで、FIRE KIDSとともに、一生モノにしてみる、というのは、時計好きにとって、新作時計では味わえない、楽しい時計ライフになるのではないだろうか?