文=萩原輝美
高級注文服もリアルなアイテムが並ぶ
通称「パリコレ」と言われているのは「パリ・プレタポルテコレクション」です。パリでは年2回行われるウイメンズのプレタポルテ(既製服)の他に「パリ・オートクチュールコレクション」があります。
「オートクチュール」が今、ホットです!直訳すると高級注文服ですが、ムッシュ・ディオールやココ・シャネルが活躍していた時代と違い顧客は貴族や実業家夫人ではなく、起業家などアクティブな女性に変化しています。発表される作品もドレスばかりではなく、ニットやデニムなどリアルなシーズンアイテムが並びます。
また、注文服の良さはパーソナルなアイテムであること。サイズはもちろんボタン一つまでカストマイズされた自分だけのオリジナルを選べるので、パーティーなどでもかぶることはありません。すなわち定価もないのです。普通、オートクチュールのお値段は、1人のお針子さんが仕上げる所要時間に比例していると言われています。
デザイナーとしてはプレタポルテと違い、在庫を持たずにビジネスができるというメリットがあります。大量生産、大量廃棄の時代に背を向けサスティナビリティの視点からも今、クチュールが注目されているのです。
プレタポルテはプレス、バイヤーに向けて春夏は10月、秋冬は3月の発表ですが、オートクチュールはプレス、顧客に向けて春夏は1月、秋冬は7月とシーズン直前の発表です。
今年1月オミクロン株のコロナ感染者が50万人とも言われていたフランスですが、約2年ぶりの渡仏を決意。デジタルではなくリアルにコレクションを見る高揚感を実感したく、パリ取材に出かけました。日本から渡航したジャーナリストは1人だけです。
区役所でワクチン接種証明書をもらい出国24時間前にPCR検査を済ませパリへ。今やパスポートより大事かと思い書類を用意したのですがパリの入国審査では見てもくれず拍子抜けでした。空港のファーマシーでEU共通のサニタリーパスをもらいホテルへ直行、そして、コレクション取材が始まりました。
期間は1月24日から27日までの4日間。オートクチュール協会の公式スケジュール29ブランドのうち、先シーズンより多い半数以上が有観客でのショーを予定、それ以外はデジタルでの発表となります。
ロダン美術館の庭に設えた特設会場
初日はディオール。イタリア人デザイナー、マリア・グラツィア・キウリによるコレクションです。1946年ムッシュ・ディオールがブランドを設立して以来、2016年に初めて女性アーティスティック ディレクターが抜擢されました。
ロダン美術館の庭に設えた特設会場の入り口にはアートが描かれています。中に入ると壁一面に飾られたハンド刺しゅうの色彩豊かな装飾に圧倒されます。
今シーズンのディオールは、歴史あるブランドが持つ「サヴォワールフェール(savoir faire)」= 「想像」と「サヴォワールエトル(savoir etre)」= 「手技」をクチュールに欠かせない「刺しゅう」でドレスから空間までを演出しました。
エクリュ(オフホワイト)、グレー、ブラックを中心としたモノトーンのシックなコレクションに、クチュール技の「刺しゅう」を加え立体感と造形美を演出しています。
ファーストルックは全面ビーズ刺しゅうのボディスーツとタイツの組み合わせ。健康的なボディを強調したアイテムは、プレタポルテでもたくさん登場した旬のアイテムです。アイコンのバージャケットコートにもティアドロップ(涙型)のビーズ刺しゅうしたタイツを合わせ、一味違うエレガンスを打ち出しています。
シンプルなIラインやフレアーのドレスには布の流れに沿うように光を放つビーズがつけられ、秘めた手技によるラグジュアリーを感じるコレクションです。
お気に入りは、カッティングが美しいキャップスリーブのシンプルなグレーのAラインドレス。刺しゅうタイツとビジューのついたパンプスを合わせていますが、スリッポンなどと合わせて軽快に着たいルックです。
会場を彩った壁一面の装飾は、インド人アーティストのマドヴィ・パレクとメヌ・パレクのアートを、チャーナキヤ工芸学校の職人たちの立体刺しゅうでカラフルに仕上げたものです。このアート作品は男性/女性の概念を、対立ではなく補完し合う存在としてアピールしているのです。
今までのショーでは、女性アーティストだけの演奏やパフォーマンスで「フェミニズム」を強調してきたキウリですが、新しい境地が開かれたようです。