文=福留亮司
以前から人気のあったモデル
近年、ラグスポという言葉をよく耳にする。ラグジュアリーなスポーツウォッチのことで、かねてから人気のあったジャンルだが、コロナ禍によってますます加速したカジュアル化が、その人気をさらに押し上げている。
その代表的モデルのひとつが、クロノグラフモデルだ。ダイヤルに指針が数多く存在し、いかにもメカニカルな風貌を持つ腕時計である。昔から男性に人気があったモデルでもある。
クロノグラフとは、ラテン語の“時間=CHRONOS”と“記録する=GRAPH”を併せた合成語。時計の世界ではこの名称が広く使われているのだが、わかりやすく言えば、ストップウオッチ機能を搭載したモデルのことである。
このクロノグラフモデルには、常に進み続ける通常の時間に加え、人為的に時間を切り取って測定、表示する小さなダイヤル=インダイヤルが存在する。もっともポピュラーなのが、インダイヤルが3つあるタイプ。それぞれ12時間積算計、30積算計、通常の時刻の秒を表示するスモールセコンドが置かれているケースが多い。
3針時計の秒針にあたるところ、つまりセンターの針は、ここでは秒針ではなくストップウォッチ針。1周60秒を計測し、インダイヤルの積算計と連動するのである。
余談だが、時計メーカーにはクロノグラフを購入した人から「故障して秒針が動きません」という問い合わせがたまにあるという。クロノグラフのセンター針は一部を除いて、ストップウォッチの計測用なので、お間違いのないように。
インダイヤルの配置は、横に3時、6時、9時位置に並んだもの、それを縦に12時、9時、6時位置に置いたものなどがある。また、1960~70年代に多く見られた2つ目のクロノグラフは、レトロっぽい雰囲気もあって、現在は結構な人気モデルとなっている。
実践の場で進化
そんなクロノグラフが初めて商品化されたのは1879年のこと。ロンジンの「ルグラン」という懐中時計であった。そして、商品化されたクロノグラフは、実践の場で使われ、進化していくのである。
ルグランのような懐中時計型のものは、第1回アテネオリンピックで採用されるなど、速さを正確に計ることを突き詰めることで精度を高めていった。20世紀初頭には、すでに1/100秒単位の計測をも可能にしたものが開発されている。
腕時計においては、1915年にブライトリングによって製作されたものが有名である。この時代は、まさに第一次世界大戦下。ブライトリングは、航空機のパイロットにこのクロノグラフモデルを提供したのである。当時のパイロットは、飛行時間から燃料の残量を計算していたので、時間経過を正確に知ることのできるクロノグラフは、最高のパートナーとなったのである。
ブライトリングのクロノグラフは、その後も英国空軍に提供されるなど進化を遂げ、回転計算尺がついた「クロノマット」を42年に、その10年後には「ナビタイマー」を発売。現在の礎を築いている。
このようにクロノグラフモデルは、その性格上、実践の中で進化を遂げている。他にもオリンピックを主にオメガは発展し、「スピードマスター」などの名作を生み出しているし、タグ・ホイヤーはレースの世界で研鑽を積むことで一級の時計ブランドへと成長した。「タグ・ホイヤー カレラ」や「タグホイヤー・モナコ」は、その最たるものである。
常に進んでいく時の流れから、知りたい時間だけを切り取る。これがクロノグラフに与えられた最大の機能である。現在は、頻繁にこの機能を使うことは少なくなっているかもしれないが、現在も高い人気を誇っているのは機構と視認性を両立させた機能美、バランスの取れたダイヤルデザインによるところが大きいだろう。