薩摩が取り持つ不思議な縁

 薩摩切子を未来へ継承する会社の一つ薩摩びーどろ工芸が、薩摩切子復刻35年の節目の2020年8月7日に、彼らが見据える未来を表すような新ブランド「grad.(グラッド)」と新商品「grad.ice(グラッドアイス)」を発表しました。奇しくも8月は島津斉彬公の亡くなられた月(新暦)。薩摩の未来への発展のためにと生まれた薩摩切子という技術が、時代を超えて同じ思いを持つもの同士を繋いだかのような偶然です。

キリッとした重厚感を持ちながら、馴染みやすさも持ち合わせたデザインは、薩摩切子の新たな可能性を感じさせる

 さて、今回薩摩びーどろ工芸が挑んだ新たな試みは、今まで行っていた事とは全く方向性の違う取り組みとなりました。

 今まで行ってきた“新しいこと”はこれまでにない色作りや、技巧の表現、技巧の精巧さという点でしたが、今回は薩摩切子の持つ特徴を最大限に引き出し、シンプルに表現、日々寄り添うようなアイテム開発をするという試みとなったからです。

 そんな新たな挑戦ともいえるこのプロジェクトに彼らと共に歩んだのが、プロダクトデザイナー兼クリエイティブディレクターの辰野しずかさん。彼女は数々の伝統工芸とのプロダクト開発の経験があり、そのデザインはシンプルながらもそれぞれの工芸が持つ技術的な魅力や、素材の魅力をさりげなく引き出し、生活に寄り添うシンプルなデザインに定評があります。芯が一本、すうっと通ったような凛とした印象すら受けるデザインが魅力的です。この出会いは、2019年3月に遡ります。

 

「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」が結んだ縁

 薩摩びーどろ工芸と辰野しずかさんとの出会いは、LEXUSが次世代の伝統工芸に挑む若き「匠」たちをサポートするプロシェクト、「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」で、2019年11月に京都の平安神宮で行われた展示会、「TAKUMI CRAFT CONNECTION -KYOTO」での展示プロダクト作成のためのコラボレーション企画によるものでした。

2019年11月、京都平安神宮で開催された「TAKUMI CRAFT CONNECTION -KYOTO」の展示風景

 他にも様々な工芸の匠やデザイナーが参加されており、素晴らしい作品がたくさん展示されました。この展示では作品としてのアートピースの製作でも良かったのですが、辰野しずかさんは、限られた時間ではありながらも、あえてその後にも生産販売が続く「商品」を作ることを提案しました。

 それはプロダクトデザイナーの多くがそうであるように、工芸そのものが好きであることと、数多くの工芸との取り組みから産地が抱える問題点などを見聞きしていた、という事からの思いでした。

 産地が抱える問題点とは、前述した、生産及び資金背景、材料調達、作り手不足、後継者不足などなど。工芸だけでなく地方産業そのものの問題とも言えます。できることならこのプロダクトを継続的に生産し、利益を生み出す仕組み作りに協力することによって、産業が未来につながるお手伝いをし、まだ薩摩切子を知らない人の元へも届けられたらと強く思ったのだそうです。

 その出会いから11月の展示に向けてのサンプル作りが始まりました。商品化を目指すため、試作品は何度も作り試行錯誤を重ねました。展示会後、6月に販売開始の予定でしたが新型コロナウイルスの影響で8月に延期となり9月の発売へと至ります。