観客の「熱」を実感した世界選手権

 2019年には世界選手権が開催された。このとき、観客の「熱」を実感する体験をした。

「あのとき、リンクサイドで場内温度をモニタリングしていました。20度を下回るくらいだったのが、25度くらいに一気に上がってしまったときがありました。朝から冷やしこんでいたので、氷が溶けることはありませんでしたが」

 緊張を強いられた瞬間だった。さらに、この大会では忘れがたい思い出もある。

「プーさんですね。あれはすごかった」

 羽生結弦がフリーの演技を終えたあと、それを称える「くまのプーさん」が多数、リンクへ投げられた。

 飯箸はアリーナ席の製氷側口で見ていたという。その数を見て、思わず体が動いた。

「本来はフラワーガールの子たちがリンクの上のものを集めてきて、それを受け取る担当の人に渡すのですが、これは間に合わないだろうと思い、受け取る手伝いをして、無線でうちのスタッフに『手が空いている人、来て』と集めました。頼まれたわけではありませんが、これはやらないと、と。(日本スケート連盟の)女性の人もヒールで出てきて、どんどん受け取っていました」

 その光景を思い出し、飯箸はどこかうれしそうに笑顔を浮かべてこう語った。

「まるで黄色い花火みたいでしたね」

 

夏場のアイスリンクの苦労

 この大会での話からも伝わるように、氷の管理には神経を常に遣う。

「これは通常のリンクでもそうですが、温度と湿気に気を配っています」

 温度だけでなく湿気に気を配ると言う。それはどういうことか。

「冬場は問題にならないのですが、夏場はどうしても、製氷しても湿気が氷に霜をおろしてしまいます。つまり、つるつるではなく、抵抗がある状態になります。当然、滑りにくいわけです。アイスショーだと製氷のタイミングは開演前それも会場する前と、公演の間の休憩時間しかありません。ですから開場する前、なるべくぎりぎりのタイミングで製氷させてもらうよう、主催者の方にお願いはしています。それでも開演まで1時間くらいはあるので、最初に滑るスケーターは霜がおりていて滑りにくいだろうなと思います」

 氷にとっての敵はまだある。エアコンもそうだ。

「いくらエアコンが涼しい風を出すと言っても、温度がマイナスの氷からすると温風にほかなりません。空気の流れでやんわり氷が溶けてくるので、新しい会場で設営するときには、事前にテストしています」

 蓄積された経験やノウハウがあって、信頼を得てきた。長年業務にあたる中、スケーターの言葉から新たな発見をしたり、うならされたこともあった。 

「羽生結弦選手に相談されたときは、『あ、その違いが分かるんだ』、と思いました」(続く)

飯箸靖孝(いいはし・やすたか)高校3年生のとき松戸市内のスケートリンクでアルバイトを始め、以来スケートリンクに携わる。1995年にリンクの運営管理や仮設リンク設営などを行なう株式会社パティネレジャーに入社。