進化する名門テーラー

──そんな中で、〝リヴェラーノ&リヴェラーノ〟のようなテーラーはどうなんですか? 

「リヴェラーノ&リヴェラーノ」の真髄といえるのが、どんな体型の人にも着やすく美しいジャケットを仕立てる型紙の技術

大崎 うちのようなテーラーには、どうしてもオーダーしたいというお客様が各国にいらっしゃるんです。でも、ビジネスの環境が大きく変わって、こういったリモートでのミーティングなら、下はトランクスをはいていたっていいわけですから(笑)、やはり一般的にいうとカジュアル化は進んでいますよね。でも、それでは精神的にダメでしょう、という方も多いですし。人間はやはり、肌で感じて人と繋がらないと、物足りないよ、という感覚はありますよね。そういうお客様に支えられています。

──テーラーの仕事はリモートだと難しいですよね。

大崎 画面を通して「この生地いいよね」と言われても、照明やPC環境によって色は変わってくるし、雰囲気は伝わりませんからね。

──でも、いわゆるクラシッククロージングの世界でも、オンライン販売の機運は確実に高まっていますよね。東京ではバーニーズニューヨーク新宿店や、エディフィス渋谷店の閉店が決まるなど、大型店はなかなか厳しい状況です。

大崎 えっ、本当ですか? それは驚きですね……。でも確かに、2020年のうちを支えたのは、既製服のオンライン販売でした。私たちは去年のロックダウンが決まってすぐにコマーシャルチームを編成して、世界中にお送りできるようにオンラインの環境を整えたのですが、実際に結果が出ています。小売店さんはどこも厳しいといいますし、ならば自分たちでやるしかないな、と。

──それはすごい。

大崎 単なるショップではなく、「The 7 Tomes」と題した、7つのプロジェクトを立ち上げたんです。たとえば、ヴィンテージの生地を使った「グランドアーカイブ」という企画だったり、私たちが顧客様と相談のうえ、選んだアイテムを箱に詰めてお送りする「リヴェラーノボックス」など、バラエティに富んだ内容にしており、営業的にもとても好評です。

顧客好みのVゾーンコーディネートを自宅に送ってくれる、「リヴェラーノボックス」。「リヴェラーノ&リヴェラーノ」のオンラインストアでは、クラシックなテーラードウエアやアクセサリー類はもちろん、贅を尽くしたカジュアルウエアまで、実に幅広いラインナップを誇っている。ぜひ一度ご覧あれ

 あと、18人いる「リヴェラーノ&リヴェラーノ」のメンバーを3チームに分けて、冒険的なアイテムを競作する「フローレンスラボ」という企画も面白いですよ。今うちはテーラーをチーム編成していて、そのチームごとに動くようなスタイルなんです。

──わあ、テーラードからカジュアルまで、いままでにないアイテムばかりですね。ベストとかトラウザースとか、ちょっとほしいな……。

若手からベテランの職人に加え、大崎さんのようなショップマネージャーも含めてチーム分けし、協力しながらそのクリエーションを競っていく「フローレンスラボ」という試み。サヴィル・ロウでも日本でも聞いたことのない、新しいテーラーのシステムだ

古きよきものを次世代に残すために

大崎 いろいろやってるんですよ、山下さん(笑)。もちろんお客様によっては、「ファッションになってない?」みたいなことを仰る方もいらっしゃいました。でも既製服やスポーティなアイテムは今までもやってきたことですし、今回はそれを改めて整理して、適切な形でプレゼンテーションし始めただけ。うちとしてはビスポークテーラリングという芯を変えるつもりは全くありません。きっとだんだん慣れてくるのでしょうけれど。

──本来なら5年くらいかけてやることを、数ヶ月でやっちゃったわけですからね。

天才職人アントニオ・リヴェラーノ氏のもとには、イタリアのみならず世界中から、様々な背景をもつ職人が集まってくる。その工房はいつも活気に満ちているのだ

大崎 他のテーラーがやらないことじゃないと、意味がないですしね。あと、MTM(メイド・トゥ・メジャーの略で、いわゆるパターンオーダー)の準備もしています。現在店頭に置いてもらうゲージサンプルを製作しているところですが、3Dによる採寸も検討しているんですよ。

──かなり活発ですねえ!

大崎 泣いてばかりははいられませんから。大量の肉を網の上に乗せていますよ(笑)。クラシックなものを残すためには、進化し続けないといけませんから。

──「種を蒔く」じゃなくて、「肉を網の上に乗せる」なんですね。実にイタリア的な表現だな(笑)。でも、世の中のテーラーさんは大変でしょうね。

大崎 サヴィル・ロウでは職歴の浅いテーラーは一斉に解雇されていて、職探しをしているらしいですよ。でも、うちは最近テーラーの学校も開いていて、世界から生徒が集まりつつあります。最近は若い人がこの仕事に興味を持ってくれていますが、意外にイタリアには、ちゃんとした学校がないんですよね。

プーリアで生まれたアントニオ・リヴェラーノさんが、サルトの修行を始めたのはわずか6歳の頃だったという。イタリアのサルトリア(仕立て屋)は、サヴィル・ロウと違ってサルト個人の技術や感性に頼った属人主義的な気風が強く、一代限りで途絶えてしまうことも多い。「リヴェラーノ&リヴェラーノ」は、サルトの育成システムを構築することで、そんな状況に変革を起こそうとしているのだ。詳細はHPを参照あれ https://liverano.school

──テーラーって歴史的に、封建的な徒弟制度の賜物でしたからね。だからテーラリングの歴史が古いイタリアこそ、現代的な育成システムが不足しているのかもしれませんね。ああ、そうだ。アントニオさんや、フィレンツェの人々は元気ですか?

大崎 みんな元気でやっていますよ。アントニオも、毎日9時に出勤しています。日本のメディアはどうなんですか?

──アパレル同様、なかなか大変です(笑)。日本的な言い方でいうと、種はいろいろと蒔いてはいますが。

大崎 紙も重要ですが、やっぱりオンラインがいいんじゃないですか? マネタイズの問題はあれど、僕らのように海外に住んでいる人間も読めるわけですし。あと、単にファッションだけじゃなくて、アートをはじめいろいろなカルチャーとミックスしていかないと、私たちのお客様のような富裕層の読者は離れちゃうんじゃないかな、と思いますよ。

──仰るとおり、改めて総合的なメディアが見直されていますよね。僕も大崎さんに負けないようにがんばろう。次回はいつ日本に来られるんですか?

大崎 状況が許せば4月か5月を予定しています。またお会いしましょう!