「対決」から「共存」へ

 その後、棋士と将棋ソフトは、「対決から共存」という関係に変わっていった。多くの棋士にとって、ソフトは戦う相手ではなく、新しい指し方を探求する頼もしい研究相手になっている。両者が手を携えて研究している、と言えば聞こえは良い。しかし、棋士がソフトの強さに降参したというのが現実である。

 藤井は以前にその問題について、「棋士はコンピュータにもう勝てないと思われるかもしれませんが、いずれはほかの分野でもそのような時代がくると思います。コンピュータの方が強くなったとき、棋士の存在意義が問われます」と、冷静な考えを述べたことがある。

 その藤井も中学生の頃から、将棋ソフトを用いて研究に生かしている。昨年には自作のパソコンを初めて組み立てて性能を高めた。さらに、高額で購入したCPU(演算処理装置)は、1秒間に6000万手も読む能力があるという(通常のパソコンは1秒間に200万手)。

 藤井はAIを利用して自身の将棋の成長に役立てているが、それに頼り切らずに自分で考えることを心がけている。「AIは大変に強いですが、部分的には人間の方が深く読めることがあると思います」と語ったことがある。それが冒頭の記事の「AI超え」の読みに至ったといえる。

 

最年少記録で名人獲得は最短で2023年

 藤井二冠(棋聖・王位=18)は2016年12月のデビュー戦以来、数々の新記録や最年少記録を樹立してきた。今後に期待されるのは、3つ目のタイトル獲得だが、予選の対局がまだ始まっていないので、最速で来年の夏以降になる。なお、それに先だって6月から棋聖戦、7月から王位戦の防衛戦が始まる。

 藤井は小学4年のとき、クラスの文集に大きな文字で「名人をこす」と書いた。戦前の1935年に創設された名人戦は、伝統と格式が最もある棋戦である。

 名人のタイトルを獲得した棋士は、年代順に木村義雄、塚田正夫、大山康晴、升田幸三、中原誠、加藤一二三、谷川浩司、米長邦雄、羽生善治、佐藤康光、丸山忠久、森内俊之、佐藤天彦、豊島将之、渡辺明(現名人)と、過去85年で15人しかいない。まさに、名人とは将棋の神様に選ばれた特別な存在なのだ。

 名人戦の予選リーグに当たるのが「順位戦」。上位からA級(10人)・B級1組(13人)・B級2組(25人)・C級1組(37人)・C級2組(52人)と、5クラスでピラミッド状を成している。※各組の人数は今期の出場棋士。

 ほかのタイトル戦では、勝ち進んでいけば1期でタイトルを獲得するのは可能だ。しかし名人戦は、順位戦で階段を上るように1クラスずつ昇級していき、A級の優勝者のみが名人に挑戦できる。

 藤井はB級2組に在籍し、今期は6連勝している。残り4局で3勝1敗でも、B級1組に昇級できる。さらにA級に連続昇級して優勝すれば、最短で2023年の春に名人戦の挑戦者になれる。そして、名人戦7番勝負で時の名人を破れば、21歳までに最年少記録で名人を獲得できる。ちなみに従来の記録は、1983年に21歳2ヵ月で名人を獲得した谷川浩司九段(58)である。

 藤井が最年少記録で名人に上り詰めるまでの過程は、このようにかなり険しいが、私は大いに期待している。

 

師匠曰く「記録に関心がない」

 藤井の師匠の杉本昌隆八段(52)の話によると、藤井は記録の達成にはあまり関心がないという。将棋の実力をもっと伸ばすこと、将棋の真理を追究することが使命だという。そして、「強くならないと見えない新しい景色があると思うので、その地点に立てるように頑張ります」と語ったことがある。

 それにしても、真の強者しか見えない将棋の究極の景色とは、いったいどんなものか。また、藤井はそれをいつ実現できるのだろうか・・・。