小学校の頃から社会問題に関心を示す
藤井は近所の将棋教室に5歳から通っていた。当初は負けると大泣きしたという。そんな負けず嫌いの性格が上達のバネとなった。やがて、棋士を目指したいと思うほど強くなると、両親は特別なことは何もしないで見守った。漫画『クレヨンしんちゃん』と木登りが好きな普通の子どもとして育てた。
藤井は小学4年のとき、クラスの文集に「関心があること」として、将棋の名人戦のほかに、尖閣諸島の問題、南海トラフ地震、原発問題を書いた。10歳でそうした社会的なことに関心を持っていたのには驚かされる。
中学生の頃には、学校から帰ると新聞を読むのが日課だった。まず1面の見出しをざっと見てから、社会面と将棋欄に目を通し、世界の動きを知るために特派員の記事も読んだ。司馬遼太郎の長編時代小説『竜馬がゆく』を読破したほどの読書家でもあった。
藤井は以前に対局後の感想で、「ここまで勝てたのは望外です」「形勢は茫洋としています」「逆転勝ちは僥倖です」など、中学生とは思えない言葉遣いをしたことがある。それは自然に口に出た感じで、普段から書物に親しんでいるからといえよう。
将棋の世界では、学歴は必要ない
2020年現在、藤井は名古屋大学教育学部付属高校の3年生。中学卒業を控えた頃、将棋に集中するために、高校に進学するかどうか迷ったようだが、高校進学を選択した。藤井は2年前にある対談で、「学校で学んだことが将棋に役立つことはありません。ただ、学校に行くことで、精神的にバランスが取れているかなと思います。勉強で面白いのは世界史です。今は、近代史の第一次世界大戦の授業を受けています」と、高校生活について語った。
藤井は大学に進学しないという。何かを勉強したいことがあれば、大学に行かなくても十分に可能である。
実力本位の将棋の世界では、学歴は必要ない。しかし近年は、保護者が奨励会員(棋士をめざす青少年)の将来を案じて、大学に進学させる例はよくある。何しろ棋士になれる確率はおよそ2割だからだ。なお、片上大輔七段(39)と谷合廣紀四段(26)は、奨励会に在籍中に東大に入学した。
将棋の戦い方にも通じるバランス感覚
第1回でも記したが、藤井は「鉄道」ファンである。小学生時代は、鉄道の行き来を1時間も見ていても飽きなかったという。また、時刻表をくまなく見てダイヤを丸暗記した。
そんな藤井が高校1年のとき、友人と2人でJR小海線の観光列車「ハイレール」に乗ったことがある。小淵沢駅(山梨県)から佐久平駅(長野県)まで、高原地帯の美しい景色を車窓から見て堪能した。佐久平駅からは北陸新幹線で長野駅に行った。その後は各駅停車の在来線を乗り継ぎ、地元の愛知県に帰った。新幹線以外は「青春18キップ」を利用した約14時間の日帰り旅行だった。
藤井にとって、それは貴重な経験になったと思う。今やタイトル戦の対局で移動するときは、列車ならグリーン車、飛行機ならスーパーシートが用意されるからだ。
藤井は将棋に打ち込みながら、学芸や趣味に興味を寄せている。そのバランスの良さは、自身の将棋の戦い方に通じるものがあると、私は思っている。
次回テーマは、藤井聡太の今後の進化と新たな目標を解説する。