文=山下英介 写真=山下英介、Moto Kwok-fan

「サルト」代表取締役の檀正也さんは、熊本県出身。婦人アパレルなどを経て、2000年に「サルト」を開業。高級ファッションアイテムのリフォームを業界に定着させた立役者

20年前の〝キートン〟を甦らせた、お直しの魔法

 12年ほど前、ファッション業界の大物であるKさんから〝キートン〟のスーツを頂いたことがあった。〝キートン〟といえばクラシコイタリアの頂点に位置するブランドではあるものの、90年代前半につくられたと思しきそれは、極厚の肩パッド入りで、着丈は長く、股上は深く、2プリーツ入りのパンツはダボダボ。当時流行っていた〝アルマーニ〟の影響をもろに受けたバブリーシルエットであり、とても着られるシロモノではなかった。少々持て余してしまった僕は、それをリフォームサロン「サルト」に持ち込み、全面的なお直しをお願いすることにした。

 結果、スクエアだった肩はパッドを抜いたナチュラルショルダーに。3つボタンふたつ掛けだったVゾーンは、段返りの中ひとつ掛けに。そして2プリーツのぶかぶかパンツは、股上やや浅めのノープリーツパンツにリフォームされ、見事に現代的なクラシコスーツへと変身を果たした。驚かされたのは、ただサイズ感を直すだけじゃなくて、「マニカ・カミーチャ」と言われる袖の付け方や、手でかがったボタンホールの風合いまで、クラシコイタリア特有の雰囲気が再現されていたこと。

 結果、リフォーム代は10万円近くかかってしまったが、そのスーツは雑誌の企画にもなり、Kさんからは「こんなに格好よくなるんだったらあげるんじゃなかった!」と言われるほどに、素晴らしい完成度だった。今でも着用していることを考えると、十分もとが取れたんじゃないかな?と思っている。

福岡、原宿を経て、現在は銀座2丁目で営業する「サルト」。2020年には今までの隣のビルに移転リニューアルを果たした。洋服のリフォーム、シューリペアやオーダー、スーツのビスポーク……。ファッションにまつわるすべてを網羅する、ほかにはないサロンである
住所/東京都中央区銀座2-6-15 吉田ビル2F
TEL/03・3567・0016 

高級リフォームの立役者「サルト」

 このように洋服を長く、格好よく着るためには腕利きのリフォームサロンの存在は不可欠であり、僕にとってはそれが「サルト」なのである。サンプルセールで買った2サイズオーバーのスーツをジャストフィットに直してもらったり、マッキントッシュコートの襟をワニ革に貼り替えてもらったり、本当に面倒なリフォームばかりお願いしてきた。そして「サルト」は、いつも惚れ惚れするようなテクニックで、僕の無理難題に応えてくれたのだ。テーラーやデザイナーの陰に隠れがちな存在ではあるが、実はこれほどクラフツマンシップとクリエイティビティに溢れた仕事はないんじゃないか?と思っている。

 前置きが長くなってしまったが、そんな「サルト」の創業者であり、お直しという仕事の「質」と「格」をワンランク高めてきた立役者、檀正也さんに改めてその志と、「お直しのクラフツマンシップ」を伺ってきた。

公私ともに「サルト」にお世話になっている筆者。洋服にまつわるうんちく話から海外ネタの情報交換まで、つい時間を忘れて話し込んでしまう

その歴史はクラシコイタリアの聖地、福岡から始まった

山下:もともと「サルト」さんが創業されたのは、福岡なんですよね?

:ちょうど20年前、2000年にオープンしました。

山下:日本におけるクラシコイタリアブームは九州発、という説もあるくらい、当時の福岡には紳士服の名店がたくさんありましたよね。

:「サルト」の近くにはビームスさん、ユナイテッドアローズさん、シップスさんや、ハガネさんなどのいいお店がたくさんあって、高級な服がよく売れていました。当時はクラシコイタリアブランドのスーツがどんどん日本に上陸していた時期でしたが、正直いってそれらの仕上がりが本当にひどくて(笑)。「マニカ・カミーチャ」の雰囲気が左右で違ったり、段返りのボタンホールなのに表から縫っていたり、なんていうのは当たり前。一番すごいのはボディが無地なのに、袖がグレンチェックだったりするんです(笑)。

山下:当時のクラシコイタリアの話は、ウワサには聞きました。今ではあまり聞きませんが、昔はバイクやクルマでも〝イタリア製には要注意〟でしたからね。

:だから創業当初は、そういうイタリア製の高級スーツがお店に並ぶ前に修正する、という仕事が多かったですね。そういったものをたくさん見ていたら、どんどん楽しくなっちゃって。それで2004年に一念発起して、仕事も生活も東京に拠点を移すことにしたんです。

この日は愛用のビスポークスーツを持ち込み、取材の合間にフィッティングの気になる点を相談した。それぞれのテーラーの持ち味を理解した上でリフォームしてくれるし、望みとあれば仮縫いまでしてくれるから、高価な服でも安心して持ち込めるのだ

東京進出、そして腕利き職人との出会い

山下:当時の東京では、「コーダ洋服工房」さんがたまに雑誌に取り上げられるくらいで、まだ高級既製服のお直しというジャンルは存在していませんでしたね。

:最初はどのセレクトショップさんも相手にしてくれませんでした。でも、「ほかの工場が断るようなものでいいから送ってください!」とお願いして、そういうとんでもない(笑)仕事を着実にこなしていきました。

山下:東京ならいい職人さんがたくさんいるでしょうから、仕事はしやすかったのでは?

サロンの上階にはファクトリースペースを構えているから、職人と緊密なやりとりが可能。70代の超ベテランから20代まで、幅広い世代の職人が腕を奮っている

:いや、それが全然でした。福岡にはいい職人がたくさんいたので、東京ならもっといるだろうと思ったのですが、広告を出しても全く来ません。よく考えたら東京って、縫製工場がいち早くなくなった地域なんですよね。だから初期は寄せ集めのメンバーでしたが、本当に勉強しました。たとえばジャケットの袖丈を肩から詰める場合、日本の職人さんがやると妙にガッチリとかがってしまうとか、セレクトショップさんが悩んでいることを教えてもらったりしながら、私たちもパワーアップしていったんです。糸などの材料もイタリアで使っているものと全く同じものを取り寄せたり、メゾンブランドのお直しのマニュアルを見せてもらったり、より現地仕様に近づけるために試行錯誤しました。そういう時期に寒澤利夫さんという職人さんが入ってこられて、さらに一段階上に行った感じでしょうか。

山下:寒澤さんは数年前に惜しくも亡くなられましたが、とても好奇心の強い職人さんでしたね!

:彼はもともと腕利きのテーラーで、栃木県のチャンピオンだったのですが、65歳でお店を閉めて、東京で新しいことをやりたい、という思いで上京して来られた方なんです。銀座の名門テーラーに招聘されるほどの超ベテランであるにも関わらず、「〝ブリオーニ〟がここまでやるならうちだって」と、今までのやり方をいい意味で否定して、さらにアップデートできる職人さんでしたね。実はうちが現在スタンダードにしている技術の1/3は、寒澤さんがつくったものなんです。彼が面接に来られたときは、「この人は絶対に手放しちゃダメだ」と思って、いろいろと手を尽くしました。「うちならイタリアにも行けますよ〜」という口説き文句が効いたのかもしれませんね(笑)。実際にイタリアに4〜5回、サヴィル・ロウにも2回行って研修しました。

一見するとトラウザースをつくっているようにも見えるが、もちろんこれはお直しの工程! シルエットひとつを修正するのにも、テーラー譲りの緻密なカッティング技術が注ぎ込まれている

これからのお直しとは?

山下:海外のテーラーで研修したり、〝ピッティ・ウォモ〟を視察したり、自社でビスポークスーツをつくったり……。お直しだけにとどまらない「サルト」さんの仕事ぶりには、いつも驚かされています。最近でも韓国のテーラー「B&TAILOR」の招聘や、香港の人気セレクトショップ「アーモリー」のリモートオーダー会など、話題に事欠きませんね。

手縫いの箇所はちゃんと手縫いで仕上げるのが「サルト」の流儀。現地のファクトリーと極力同じ糸や副資材を使って、〝キートン〟なら〝キートン〟流、〝イザイア〟なら〝イザイア〟流といった具合に、ファクトリーがもつクセまでも再現してくれる

:楽しくないとダメかな、と。一見関係ないように見えても、やっているうちに学べることはありますからね。「B&TATILOR」は韓国の老舗テーラーの息子さんがイタリアで修行して、その新しいセンスや技術を父親と共有することで伸びたテーラーですが、そういう人との出会いはいい刺激になります。今まで色々なことに挑戦してきて、決してうまくいったとは言えませんが(笑)、やっぱり面白いことには手を出してしまう。やっぱり好きなんですね。

山下:20年このお仕事を続けてきて、そろそろ完成の域に達したな、とか思いませんか?

:私はお直しには、いくつかのカテゴリーがあると思っています。

1.破れたり壊れたものを純粋に修理するお直し
2.新しく買った服をさらに格好よく見せるためのお直し
3.昔のもののサイズ感の取り直し

「サルト」は、ここまではある程度までいったと思っているんです。ただ、これからは第4のお直しーーカスタマイズ的な分野が伸びるんじゃないかと確信しています。最近はシャツ4枚を合わせて1枚にする、なんて依頼も増えていますし。こういった機運がもっと高まったら、世の中から捨てられる服がもっと少なくなると思うんですよね。世の中はコロナ禍の真っ只中ですが、お父様のご遺品のコートとか、成人式で着たスーツとか、ストーリーのある洋服をお持ちになるお客様はすごく増えているんです。ちょっと手直し、というよりもガッチリ直して一生着続けよう、という意思を感じるような。

山下:確かに。これからの時代、お直しっていっそう重要な仕事になっていますよね。

最近ではいわゆるクロージングではなく、ダウンジャケットやジャージーといった特殊な洋服が持ち込まれるケースが増えてきたという。特殊な生産工程でつくられるこれらのリフォームは、クロージングとはまた違った難しさがあるとか

:実はこの仕事を始める前、バブル崩壊の直後くらいに、今でいうサステナブルに関わる仕事をしていたことがあるんです。残念ながらその仕事はうまくいきませんでしたが、ものを長く使うのっていいなって。ちょっとだけ今の時代を見据えていたのかもしれませんね。