連載「ポストコロナのIT・未来予想図」の第5回。セキュリティの強化は監視社会の問題にもつながり得る。デジタル時代に安全と自由な経済活動を両立させるために考えるべきことは何か。法律・経済の両方に精通する元日銀局長・山岡浩巳氏が根本から解説する。

 前回は、ノンバンクによるキャッシュレス決済の基本的な原理や、犯罪者がどこを狙うのかを取り上げました。今回は、セキュリティの問題と社会全体のあり方との関わりについて、考えてみたいと思います。

口座とIDとの「紐付け」

 前回の例では、犯罪者は、ある人のアカウントから財産を奪うため、その人になりすます偽のアカウントを作りました。いわば、アカウントを持つ「●山■夫」さんになりすました、「●山■夫」を名乗る偽アカウントを作り、引き出したマネーの受け皿にしたわけです。

 もちろん、金融機関は犯収法(犯罪による収益の移転防止に関する法律)などにより、本人確認を行うことを求められています。しかし、あるアカウントの本人確認の方法と、別のアカウントの本人確認の方法が同じとは限りません。犯罪者にとっては、そこが「狙い所」になるわけです。

 このような犯罪を防ぐためには、銀行口座はもちろんノンバンクの提供するアカウントも含め、決済用のアカウントを全て国民全員が持つ何らかの共通IDと結び付けて管理すれば良いようにも思えます。なりすましによって作られた「にせ●山■夫」の口座が、本物の「●山■夫」のIDと結び付けられていないことがわかれば、この口座へのマネーの移動も止められるでしょう。

 ただ、現時点では、さまざまな口座をこのような共通IDに紐付けることまでは行われていません。その一つの理由は、「国民の共通データベース化」につながるインフラを作ることに対し、日本の世論が一貫して消極的であったことが挙げられます。給与所得者の「源泉徴収」は受け入れられてきた一方、納税者番号を導入する「グリーンカード」案は、1980年代に世論の反対を受けて撤回を余儀なくされました。このような歴史を背景に、日本では預貯金口座が共通IDに紐付けられてはきませんでした。これは、日本の預貯金口座の数が、海外諸国と比べて圧倒的に多くなった一因でもあります。