(左)株式会社ストラタシス・ジャパン 森道明代表取締役社長 ストラタシス ノースアジア プレジデント、(右)株式会社INDUSTRIAL-X 八子知礼 代表取締役社長
製造業DXの推進にとって、3Dプリンタはどのような効果が期待できるのか。海外で進む製造業DXでは、多くのものづくりの現場で3Dプリンタが活躍している。金型を中心とした日本の製造業にも、ものづくりの現場を取り巻く課題解決のために、3Dプリンタの活用が求められている。日本の製造業DXに深い造詣のあるINDUSTRIAL-X 代表取締役の八子知礼氏が、3Dプリンタのトップベンダーであるストラタシスの森道明社長に聞いた。
八子製造業のDX推進の課題をどのように捉えておられますか。
森日本の製造業は切削や射出成形などによるものづくりで、世界的に非常に優れています。ただ、コロナ禍のような事態に直面すると、物流チェーンや技術の継承など多くの課題が明確になってきます。製造業は現地や現場でつくる前提で物流チェーンや技術者を配置していますが、物流チェーンにほころびが生じる事態を防ぎ、現地に技術者がいなくても、ものづくりが推進できることが今、求められています。そのために3Dプリンタを活用したリモートでの出力というチャレンジも必要ではないかと考えています。これこそ、まさに製造業DXの課題を解決する一助になると思います。
当社の3Dプリンタの用途の75%は試作用途で、サービスパーツの用途もあります。つまり、ものづくりの入り口と収束期を担っているわけです。製造業DXのための3Dプリンタ活用のためには、この用途を広げ、より広範囲な用途でものづくりに関わっていかなければ、と捉えています。
八子今の製造業はアナログ中心で、DXを推進していくには、デジタルをどのように製造プロセスの中に組み入れたり、トッピングしていくかを考える必要がありますね。3DプリンタをはじめとするAdditive Manufacturingの可能性をどうお考えですか。
森コロナ禍の中で、テレワークの普及や業務のリモート化など、世の中の動きはDXを加速させています。その一方で、日本の製造業の現場では、ものづくりのクオリティへの強いこだわりから現場での調整やすり合わせなどが求められています。海外のものづくりでは、伝統工法にあまり固執しないので、製造プロセスの中に3Dプリンタが比較的容易に組み入れられています。日本の製造業を活性化するには、海外のような取り組みも必要ではないかと思っています。
八子なるほど。海外の取り組みはとても参考になりそうですね。ところで、ストラタシスの3Dプリンタには、どのような製品タイプがあり、それぞれの特徴はどのようなものなのでしょうか。
森3Dプリンタの技法にはさまざまなものがありますが、ストラタシスはこれまで2つの技術を軸に展開してきました。FDM(Fused Deposition Modeling:熱溶解積層方式)とPolyJet(インクジェット方式)です。
FDMは高精度の造形で、代替部品や治工具など実際に機能するパーツを製作できます。3D CADで設計したデータそのままのサイズで製作できるので、部品によってはデジタル在庫化が可能です。また、量産終了後の保守部品などの代替も考えられます。都度生産なので必要以上の在庫管理リスクや保管経費を削減できるわけです。造形の材料には非常に軽量で頑丈なものを取りそろえているので、金属部品を置き換えることでシステム全体の軽量化やエネルギー効率化にも貢献する点も大きな特徴です。治工具などの生産ツールなどは製作時間を大きく縮小できるため、現場ですぐにメリットを見いだせますし、精度が高い3Dプリンタなので可動部を持つことも可能になります。
もう一つのPolyJetですが、こちらは一度の造形でフルカラーや複数材料を使用したテクスチャも出力できるので、複雑なモックアップ用途などに最適です。3D CADで設計したままのデザインを即時に表現できるので、製品デザインのアップデートも簡単に検証できます。つまり、決められた期間でデザインのブラッシュアップを多くの回数行うことが可能になるのです。
また、外部にモックアップ用材料を発注することが最小限になるため、開発期間やコストも大きく削減できます。最近では「KeyShot 10」というレンダリング・ソフトウェアの出力ファイル(3MF)を直接ストラタシスの「GrabCAD Print」という出力アプリに取り込めるようになったので、よりテクスチャを簡単に造形できるようになっています。
八子どちらの種類の3Dプリンタも、複数のバリューチェーンに非常に重要なテクノロジになっていると思います。これから製造業DXを推進していくには、3Dプリンタに試作品や治工具などを出力するための3D CADデータが重要になりますね。
森仰る通りです。3Dプリンタはデータがなければただの箱です。海外では3Dデータバンク※が数多く流通しています。ところが、日本ではもともと2D CADという図面からの発想なので、3Dでデザインしようにもデータバンクそのものが少ないのです。また、これも製造業DXに通じる課題だと思いますが、そもそも設計の段階で3D CADを使いこなして、立体的な発想でものづくりを推進できる人材が不足しているのです。
八子なるほど、製造業DXを進めていくためには、バリューチェーンにまたがった改革が必要になると思いますが、それに加えて、3D CADでのものづくりを推進できる人材の育成も重要な課題となっているわけですね。
森はい。それに加え、コストコントロールの面でも、これまでの金型中心の考え方からの脱却が求められています。最新の3Dプリンタは1万から1万5千のロットを製造する性能がありますが、それでも金型での製造に比べると、1個当たりの単価が高く感じられてしまう。しかし、これからの製造業DXでは、部品1個当たりの単価ではなく、バリューチェーン全体のコストを俯瞰してメリットを見いだすべきなのだと思っています。例えば、金型の代わりに3D CADデータとして在庫を保管できるようになれば、物理的な保管コストは限りなくゼロになります。少量ロットでの生産のために生産ラインの修正なども不要で、トータルコストの削減が期待できます。
八子まさに3DプリンタによるAdditive Manufacturingの目指す姿ですね。実際に、それぞれのプリンタタイプごとに最終製品として活用されている事例はあるのでしょうか。
森FDMでは、シーメンス・モビリティ社が電車のバンパーをストラタシスの3Dプリンタで大型造形し、2枚のパーツでできていた金属部品を3枚のパーツの3Dプリント部品に置き換えています。この事例では発注から入庫までの日数や保管場所を削減できました。また、ポケットチェンジ社では自社の外国硬貨交換端末の基幹部品および一部外装に3Dプリント部品を使用しています。これにより、端末のアップグレードが非常に簡単になりました。
一方のPolyJetではアート作品が多く生み出されています。中には最終製品として販売している例もあります。また多くの材質を一度で表現できることを活用し、フォルクスワーゲン社がガラス、木材、樹脂などを含む内装インテリアをPolyJetの最新機種J850を用いてシミュレーションした例を昨年末にご紹介しました。
八子いずれも先進的な事例ですね。これから3Dプリンタを導入する製造業では、どのように活用すればよいか、その方向性について教えてください。
森例えば、人に優しいジェネレーティブ デザインで活用できます。金型によるものづくりでは、どうしても直線部分で構成されたデザインになりますが、3D CADで設計すれば、カーブやくぼみなど、人の手や体に触れる部分に優しいデザインが容易になります。
八子なるほど。金型の置き換えという発想ではなく、3Dプリンタだからこそ可能になるデザインやものづくりを思考する、発想の転換が求められているのですね。他にも、どのような可能性があるのでしょうか。
森今までのやり方に少し取り入れるだけで業務全体の効率化につながります。例えば、保守部品など少量製品での使用から始めることで在庫や補材物流の在り方を大きく変えられます。これはひいては業務効率化にも貢献できると考えています。
また、量産試作などにおいては、部分的に使うよりも、むしろ積極的に設計から製造まで一貫して活用していただいた方が、コストや開発時間を大きく削減できます。コロナ禍の今、製造業はよりリスクを低減させ、身軽になり、たくさんの決断をしていかなければなりません。高性能3Dプリンタをうまく取り入れることで、多くのリスクヘッジを行えると考えています。
八子ストラタシスとして現在や今後の注力分野について教えてください。
森まず、プロダクトデザインにおいては形状のブラッシュアップのために、「DraftGrey」※という材料を提供しています。この素材は通常、使われる材料よりも安価なので、これを活用することで高速かつ安価な造形を可能になります。試作出力をスピーディに何度でもトライ&エラーできるようになるので、製品デザインの精度を高められます。また、現在の2つの方式に加えて、今年は新たな3Dプリンタ方式を採用した製品展開を計画しています。これらの新モデルにより、製造業のお客さまに市場での競争力や付加価値を高めていただけると思います。
※コンセプトモデリングに使用する高速プリントモード専用の硬質材料
八子製造業DXに向けた3Dプリンタ導入には、2つの方向性があると分かりました。一つは、従来の金型による製造プロセスを残したままで「試作」や「サービスパーツ」に「治工具」といった補助的な部分から3Dプリンタを活用していくものです。もう一つは、ものづくりの工程全般をデジタル化して、設計段階から3D CADでつくり込める人材を育成し、金型からデータへのトランスフォーメーションを実現する取り組みです。
どちらの方向性を選ぶとしても、少子高齢化が加速する日本では職人ベースの工程にはシフトが求められています。その意味では、着実に3Dプリンタ導入を推進していく企業は変化の波をとらえて、革新的な製造業DXを実現できると思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。