自身の言葉によれば、「幕引き役」として旧住銀からアサヒにやって来た樋口廣太郎。86年の年明けに顧問で入り、「マルエフ」がリニューアル発売された1カ月後に、樋口は村井に代わって社長に就く。だが、当初からアサヒ再建に並々ならぬ闘志を抱いていたのも事実だった。 アサヒに赴任したばかりのとき、関西にある工場を樋口はお忍びで訪ねたことがある。抜き打ちで偵察した、という表現の方が正しいのかも知れない。 そのときのことだった。午後5時を前にした就業中だというのに、従業員が二人、正門から出てくると、道路の反対側に座り缶ビールを飲み始める。しかも、そのビールはキリンではないか。飲み終えると、一人が「アサヒビール
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