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近年、各国の自動車産業は世界的な脱炭素化の流れを受けて電気自動車(EV)へのシフトを進めてきた。ところが最近になって、フォルクスワーゲンがEV需要の伸び悩みによるコスト削減のため工場封鎖を検討、ボルボ・カーは2030年までに全ての車種をEV化する目標を撤回、ゼネラルモーターズ(GM)は大型EVの生産を延期、トヨタ自動車は2026年のEVの世界販売計画を100万台に縮小することを発表するなど、EV市場の減速感が強まっている。
こうした状況を踏まえ、自動車産業の今後について日刊自動車新聞社編集本部副本部長の畑野旬氏に聞いた。
EVへの期待と失速のギャップはなぜ生まれたか
──そもそも電気自動車(EV)はエンジン車に対して車両価格が高く、充電インフラや航続距離の問題など、普及へのさまざまな障壁が存在しました。そんな中、なぜ各国のメーカーはEVシフトへと急激にかじを切ったのでしょうか?
畑野氏(以下・敬称略) EVシフトの背景には、地域によって異なる要因がありました。EVを推進しているのは特に中国と欧州ですが、例えば中国は国家戦略としてEV産業を育成し、世界市場での主導権を握ろうとしています。
一方、欧州では従来、最新の排ガス規制に適合したクリーンディーゼルエンジンを推進する戦略を採ってきましたが、2015年に発覚したフォルクスワーゲンによる排出ガス不正問題、いわゆるディーゼルゲート事件を契機に、政治的・社会的にディーゼル車の評価が下がりました。これを受けて環境規制や産業政策がEV推進にシフトしたのです。
例えばEUは2035年以降、内燃機関を搭載した新車の販売を禁止する方針を打ち出しました。欧州メーカーとしては、2035年以降はエンジンが製造できないのであれば、経営資源をEV開発に集中させようと判断したわけです。
──当時のEVへの期待感と現在の失速した状況とのギャップはなぜ生まれたのでしょうか?
トヨタとBMWの提携強化は、自動車の枠を超えられるか
畑野 各メーカーは当初、国が補助金や税制優遇などの支援策を講じているうちに量産効果でコストを下げ、2025年頃から自律的な普及が進むと見込んでいましたが、バッテリーに必要なリチウムなどの原材料費の高騰もあり、思惑通りに価格を下げることができませんでした。
また、航続距離や充電インフラなど使い勝手について、まだまだエンジン車と大きな隔たりがある点も、普及を阻む要因になっています。マーケット的には初期需要が一巡し、富裕層やレンタカー、カンパニーカー(社用車)などの法人需要だけでは市場拡大に限界が見えてきたことも挙げられます。これらの要因が重なって、現在の状況に至ったと考えています。
ただし、EVの販売が落ち込んでいるというよりは、成長のペースが鈍化しているという表現の方が正確です。国や地域、ブランドによっては依然として前年比で販売を伸ばしているケースもありますから。
──EV減速にまつわる報道が続く中、トヨタ自動車とBMWが「水素社会実現に向けた協力関係を強化」することで合意したことを発表しました。燃料電池車(FCEV)の普及についても、水素ステーションなどインフラの問題をはじめとする障壁が存在しますが、今回のトヨタとBMWの提携強化にはどのような意義があるのでしょうか?
畑野 そもそもFCEVは、1990年代には各国の主要メーカーが熱心に開発に取り組んでいましたが、EVにシフトした現在では乗用FCEVを販売しているのはトヨタ、ホンダ、ヒョンデの3社くらいです。
一方で、昨今FCEVは商用車に適していると考えられています。特に長距離を走る大型トラックは、EV化するにはバッテリーの重量や充電時間などの問題がありますが、FCEVならば水素の充填が比較的短時間で済み、航続距離も長いからです。
また、商用車は決まったルートを走るのが一般的なため、水素ステーションを効率的に配置することが可能で、インフラ整備の課題も乗用車より解決しやすい。実際にトヨタも商用FCEVの開発を進めていますが、商用車を手掛けていないBMWとの提携には直接的なメリットは少ないように思えます。
しかし、この提携には他の意義があると考えています。まず、トヨタは燃料電池システムの外販を進めており、BMWはその顧客となる可能性があります。さらに、水素技術の普及には標準化や規格化での取り組みが重要ですが、BMWと組むことでEUでのロビー活動や国際基準策定において協力関係を築けるでしょう。
また、両社には水素を燃料とする水素エンジンの開発経験があり、この分野での協力も期待できます。特にトヨタは昨今、水素エンジン車で耐久レースに出走するなど、近い将来の商品化に向けて研究を進めています。
水素社会の実現には、自動車だけでなく幅広い産業での水素利用が重要です。自動車産業が率先して技術開発を行うことで、他産業への波及効果も期待できるでしょう。例えば、発電や産業用の熱源転換など、さまざまな分野で水素の活用が検討されています。自動車産業がこの分野で技術革新を進めることで、軽量・コンパクトで信頼性の高い燃料電池スタックが開発されれば、クルマ以外の用途にも応用できるでしょう。
トヨタとBMWの提携は、単なる自動車開発の枠を超えて、将来のエネルギー社会の在り方にも影響を与える重要な取り組みになることを期待しています。
「マルチパスウェイ戦略」とパワートレーンの展望
──トヨタは「顧客が求める選択肢をタイムリーに投入していくことが重要」として、ハイブリッド(HEV)、プラグインハイブリッド(PHEV)、EV、FCEV、そして研究開発段階ではあるものの水素エンジン車を手掛けるなど、いわゆる「マルチパスウェイ戦略」を採っています。また、ドイツなどではCO2排出量が少ない合成燃料(e-fuel)を用いるエンジン車を推す動きもあります。
一方、各メーカーが2027、2028年に導入予定の全固体電池など、バッテリー技術の革新によりEVが再び脚光を浴びる可能性もあると思われます。こうした状況を踏まえて、今後のパワートレーンはどのようになっていくのでしょうか。
畑野 私自身は多様なパワートレーンが併存する「マルチパスウェイ」の考え方を支持しています。単一のパワートレーンで世界中のあらゆる自動車へのニーズを満たすのは難しいと考えているからです。
各パワートレーンの適性上、現状では乗用車の近距離移動はEV、中長距離移動はHEVとPHEV、商用車の都市内輸送はEV、都市間輸送はFCEVという棲み分けが妥当だと考えられています。
一方、将来的にはEVが主流になる可能性が高いというのが大方の見方ですが、EV普及のペースはさまざまな要因に左右されます。各国の政策、技術革新、インフラ整備の状況をはじめ、いろいろなファクターが複雑に絡み合うため、正確に予測するのは難しいというのが正直なところです。
仮にカローラクラスの価格帯で航続距離800kmのEVが登場して一気に普及したとします。すると、今度は充電インフラや電力供給などの問題が生じ、再び減速することが考えられます。このように、EVは加速と減速を繰り返しながら徐々に普及していくのではないでしょうか。
──全固体電池や水素エンジン車、または合成燃料など、導入が期待されている新技術についてはどうでしょうか?
畑野 全固体電池は確かに有望ですが、コスト面を鑑みると、例えばヴィッツのような一般的な車両にまで採用が拡がるのは2030年代後半になるでしょう。全固体電池は高いエネルギー密度と安全性の向上が期待されていますが、量産技術の確立やコスト低減にはまだ時間がかかると思われます。
水素エンジン車については、クルマ側ではなく水素の製造コストと供給インフラの整備といった燃料側に課題があると考えています。ただし、水素は再生可能エネルギーを利用して製造できるため、カーボンニュートラルの観点からは有望な選択肢です。
合成燃料についても、既存の内燃機関をそのまま活用できるメリットがあります。ただし、燃料は安価で安定的に供給できることが重要なのですが、現状では製造コストが高く、普及には高い障壁となるでしょう。
プラグインハイブリッドが秘める可能性とは?
──そのような現状を踏まえると、まだまだHEVやPHEVの存在意義は大きそうですね。
畑野 すでにHEVが一般的な日本ではあまりピンと来ないかもしれませんが、“まだまだ”というより、今、世界中で売れ始めたことろです。
私は特に、EVとガソリンエンジンのメリットを両立できるPHEVに可能性を感じています。例えばCASE(車のコネクト化、自動運転化、シェア化、電動化)、特にコネクテッド技術と組み合わせることで、特定のエリアに入ると強制的にエンジンを停止し電動モードで走行するといった制御も可能です。
それにより、エンジン車の進入が規制されているようなエリアでも、ZEV(ゼロエミッションビークル)として走ることができるのです。PHEVは、環境規制への対応と実用性とのバランスが取れた選択肢だと考えています。
──そもそもEVシフトの背景には、世界的に喫緊の課題となっている脱炭素社会の実現という大義がありました。EVが減速する中、自動車産業において2050年に向けてカーボンニュートラルは実現できるのでしょうか?
畑野 2050年のカーボンニュートラル実現に向けて最も大きな課題が、既存車両の問題です。現在、世界には約10億台のクルマが走っています。仮に明日から新車が全てEVになったとしても、既存車両の入れ替えには30年以上かかる可能性があります。
特に途上国では、中古車の輸入や長期使用が一般的であり、車両の実質的な使用期間は先進国よりも圧倒的に長くなります。
さらに、商用車の対策の遅れも懸念材料です。商用車は乗用車に対して台数は少ないものの、稼働率が高いため、CO2排出量は乗用車とほぼ同等です。日本の場合、運輸部門のCO2排出量の約4割を商用車が占めていますが、商用車の電動化はまだ実証段階にとどまっています。
カーボンニュートラル実現には車両だけでなく、燃料面での取り組みも重要だと考えています。既存のエンジン車にも使用可能な低炭素燃料の開発が進めば、既存車両の走行時のCO2削減にも貢献できます。その意味で、バイオ燃料や合成燃料などが安価で安定的に供給されるような状況が待たれます。
自動車産業は今後も試行錯誤を重ねながら、持続可能なモビリティーの実現に向けて技術革新を進めていく必要があるでしょう。それと同時に、国や自治体も政策や規制を見直し、社会全体でイノベーションを後押ししていくようなパラダイムシフトが必要なのではないでしょうか。
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