狛犬ならぬ狛猿

 さて境内を歩いてみよう。こちらの鳥居はどれも山王鳥居と呼ばれる独特の形をしている。一般的な明神鳥居の上に三角形の破風のようなものが乗っているのだ。本宮の日吉大社の鳥居も同じ形で、これは仏教の胎臓界・金剛界と神道の合一をあらわしているとされる。山王信仰はもともと神仏習合で、日吉大社は天台宗の総本山、比叡山延暦寺の守護神でもあった。

日枝神社 拝殿 写真=フォトライブラリー

 境内に入ったら、まずは御本殿に祀られる大山咋神にご挨拶をしよう。拝殿の天井には美しい絵が123枚も掲げられている。これは御社殿御復興五十年を記念して東京藝術大学宮田亮平学長(当時)の監修により制作されたもので、日枝神社の始まりのころの武蔵野の原野を彩っていた花や草木、鳥などが描かれている。

日枝神社の神猿像 写真=フォトライブラリー

 本殿の左右には狛犬ならぬ高麗猿の像がある。本宮の日吉大社は延暦寺の麓にあり、周辺には猿が多い。そのため山王さんのお使いは狛犬ではなく猿なのだ。

 本殿に向かって右側が雄猿、左側が子猿を抱いた雌猿。こちらでは神猿(まさる)と呼ばれており、「勝る」、「魔が去る」にも通じることから縁起がよいキャラクターとして愛されている。そのためこの神社で授与されるお守りや絵馬には、かわいい猿の絵がデザインされたものが多い。神門の左右には、より芸術的な神猿像もある。こちらは昭和の名工の鈴木慶雲氏の作品だ。

 猿好きの方は、境内にある摂社、猿田彦神社にもお参りしよう。八坂神社と合祀されており、みちひらきのご利益がある。そのお隣には山王稲荷神社。この神社は日枝神社がこの場所に遷される以前からあったのだが、明暦の大火で焼失。その後日枝神社の造営に合わせて再建された。

向かって右奥:猿田彦神社、八坂神社 左奥:山王稲荷神社 写真=フォトライブラリー

 前述したように、日枝神社のほとんどの建物は太平洋戦争の空襲で焼失したが、このお稲荷さんだけは燃え残った。千代田区内に残る唯一の江戸時代初期の木造建造物である。参道になっている石段には、お稲荷さんの象徴の赤い鳥居が折り重なっている。外国人観光客にも大人気のフォトスポットだ。

山王稲荷神社の鳥居 写真=アフロ

 最後に宝物殿に立ち寄ろう。歴代の将軍が奉納した国宝や重要文化祭の太刀など、興味深い宝物が展示されている。中でも目を引くのは、山王祭の山車に乗せた人形である。こちらに展示してあるのは、「神功皇后」、「武内宿禰」、「土佐坊」。いずれも実に精巧にできており、現代の技術ではもう作れないとのことだ。

 山王祭は、京都の祇園祭、大阪の天神祭と並ぶ日本三大祭のひとつ、かつ、神田祭、深川八幡祭と並ぶ江戸の三大祭とされる大規模な祭礼である。日枝神社はもともと江戸城の守護神であるため、祭礼に係わる費用を幕府が支払い、「御用祭」とも呼ばれた。将軍もごらんになるため、神輿も山車も工夫を凝らした華やかなものであったようだ。

 山王祭は現在も毎年6月に開催され、東京都心の300mを練り歩く「神幸祭」という華々しい行事(山王祭の一部)も隔年ごとに開催される。次の神幸祭は来年(2024年6月)。楽しみに待ちたい。