2014年末に設立した「京都蒸溜所」はクラフトジンの造り手だ。京都を表現した高品質・少量生産のジン『季の美 京都ドライジン』を2016年に生み出し、世界の名だたるアワードにて賞を獲得。2020年4月、ワインとスピリッツで世界最大規模のフランスのメーカー、ペルノ・リカール社と資本提携を果たした。JBpress autographは、いまや、クラフトジンというよりもジャパニーズ・ジンのリーダー的存在として知られる「京都蒸溜所」を訪問した。
21世紀の酒。ジン
現在「ジン」といって想起されるのは、大体の場合、ジンのなかでも「ドライジン」と呼ばれるもので、これは19世紀に「連続式蒸溜機」という装置が誕生したことで造り出すことが可能になった酒だ。その名の通り、蒸溜を連続させるこの装置は、純度の極めて高いアルコールの生成を可能にする。この高アルコールスピリッツに、香りと味わいを加える副材料を加え、これを単式蒸溜という方法でさらに蒸溜することによって完成した酒を、水で薄めることで完成するのがドライジンだ。
歴史的にはイギリスの酒として知られ、その高アルコールと安価ゆえに、労働者階級の酒、ひいては、道徳的・衛生的に問題のある人々の酒、というイメージを持たれたドライジン。20世紀から、徐々に、そのイメージを払拭し、イギリスをはじめ、イギリス領の国々で階級を問わず広く愛されるようになる。そして21世紀に入って数年後、小規模・高級ジンの造り手が急増。イギリス国内にとどまらず世界中にブームが広がり、それらは「クラフトジン」と呼ばれるようになった。
つまりクラフトジンのトレンドは、ここ10年ほどのものなのだけれど、これによってジン市場は急成長し、いまや世界的な一大市場を形成している。ここ日本でも、売上高でホワイトスピリッツ(ジンのほかテキーラ、ラム、ウオッカなどのカテゴリー)No1。輸出額に至っては日本酒、ウイスキーに次ぐ規模となっている。
この、日本におけるクラフトジンブームの先駆けとして、2016年に第一歩を踏み出したのが、今回紹介する『季の美』を生み出す「京都蒸溜所」なのだ。
京都のご当地ジン
さて、京都蒸溜所はいまや「クラフトジン」と呼ばれる規模には収まりきらない成長を遂げたので、それを尊重してジャパニーズ・ジンと呼称しよう。これは、世界的なご当地ジンのトレンドに後押しされて誕生した。
今回、訪れた「京都蒸溜所」の直営店にして『季の美』のブランドハウス「季の美 House」のスタッフが「あくまで、個人的な見解ですが」と前置きして紹介してくれた話なのだけれど、『ボンベイ・サファイア』という1987年に誕生したドライジンは、それまで、明かされることのなかった(あるいは明かすという発想がなかった)副材料のレシピを公開することで、ジンがボタニカルな酒であることを世界に知らしめたジンで、これによって、ジンにどんな材料を使うかが、消費者の興味を引くし、造り手も個性を表現する手段になる、という認識が徐々に広まっていったのではないか、現在のご当地ジンブームの源流は、ここにあるのでは? というのだ。なるほど。
ジンというのは上述の通り、蒸溜酒に副材料を加えて風味をつける酒だけれど、基本的には、その副材料にジュニパーベリーを使っていればよい、という非常に定義のゆるい酒でもあって、しかも、蒸溜酒のなかでも長期の熟成を要さないから、大量生産しやすい。ゆえに、ジンはそもそもはどちらかといえば大手が大量・安価に造る酒だった。
ここに逆の可能性を見出したのが、クラフトジンだ。自由かつ参入障壁が低いのであれば、少量生産とすることで、使用する材料や蒸溜方法で、造り手や産地ならではの個性を出し、ローカルな文化をジンで表現できるではないか、という発想で造られている。
この発想を日本に持ち込んだ、ジャパニーズ・ジンが『季の美 京都ドライジン』なのだ。
京都蒸溜所のスタイル
1990年代にデービッド・クロールとその妻 紀子・クロールは、東京にウイスキーの輸入代理店を設立し、スコットランドの蒸溜所から多種多様のシングルモルトウイスキーを日本に紹介した。
この活動を通じてふたりは、当時、英国のウイスキー専門雑誌『ウイスキーマガジン』の編集長を務めていたマーチン・ミラーと出会う。
3人はウイスキー業界で様々な活動をしており、そこには日本のウイスキーを世界に紹介する活動もあったのだけれど、ある時から、自分たちも日本で蒸溜酒を造れないか?と考えはじめた。この構想が実現し、2014年に設立されたのが「京都蒸溜所」。最初の商品『季の美 京都ドライジン』はその2年後、2016年に発売される。
特徴は、京都のジンであること。
一般公開されていない蒸溜所で材料や製造工程を見学させてもらったので紹介したい。
まず、ベースとなる純度の高い蒸溜酒は米100%の国産スピリッツを使う。一般的にジンは、このアルコールに、副材料(ボタニカルとも呼ばれるが、必ずしも植物由来のものでないといけないわけではない)を入れて、さらに蒸溜して味や香りを酒につけるのだけれど、京都蒸溜所の場合、使用する副材料11種類を6つのカテゴリーに分け、別々に蒸溜して6種類の原酒を造り、これをブレンドする、という方法を採っている。
わざわざバラバラに蒸溜するのは副材料ごとに味や香りの適切な引き出し方が異なるのが理由で、京都蒸溜所では、この6つを「エレメント」と呼ぶ。
まずはベースとなるジュニパーベリー、オリスルート、そして赤松で、これで1エレメントを成す。このうち、前2者は日本でも生産こそしているものの、海外産のほうが品質が高いため、海外産を使用している。赤松は京都北山の木だ。
エレメント「シトラス」はユズとレモンの皮。契約農家が無農薬で栽培しているもので、果皮の外側だけを使う。収穫は蒸溜所のスタッフも手伝っている。収穫後は風味を落とさないようにして保管。
エレメント「ハーバル」は山椒と山椒の若芽、木の芽。日本料理の伝統的スパイスだ。
エレメント「スパイス」は生姜。
エレメント「フルーティー&フローラル」は赤紫蘇とクマササを使う。
最後に特徴的な「ティー」。室町時代に定められた7つの名園のうち、唯一現存する京都の「奥の山」を保有している「堀井七茗園」の玉露を季の美用にブレンドしている。
これら、日本料理みたいな素材の風味を得た原酒をブレンドし、最後に、京都・伏見が日本酒三大銘醸地たるゆえんの水を、通常のジンと異なり、脱ミネラルしないで利用することで、アルコール度数を整え『季の美 京都ドライジン』が完成する。
そもそも、クロール夫妻とマーチン・ミラーが、京都でジンを造ろうと考えたのは、ここに酒の伝統があり、酒心があるから。そして、伝統を受け継ぎながらも、革新的なクラフツマンシップが息づきいているから。また、京都には京都ならではの美味しいものがあるから。
取材の日は、京都の名店「BAR K6」と「祇園FINLANDIA BAR」で、『季の美』を使ったカクテルを味わえたのだけれど、いずれの場合でも、季の美が持つ味や香りの複雑さを失わせないように、とシンプルなブレンドにとどめていた。
季の美のラインナップ
京都蒸溜所は『季の美 京都ドライジン』のほかに、ブレンド比率を変え、アルコール度数を高めた『季の美 勢 京都ドライジン』、「てん茶」と呼ばれる抹茶にする茶葉を使用してお茶の風味が強く出ている『季のTEA 京都ドライジン』を通常商品として展開。
これら加えて、与那国島の黒糖を使用したもの、シェリー酒用の樽やウイスキー用のミズナラ樽、ピーティなスコッチに使われていた樽を使ったものといった、ちょっとウイスキー的発想の限定商品を展開している。
10月3日からは、京都エリアを中心とした関西エリア限定で、丹後半島の「天橋立ワイナリー」のワイン樽で熟成したジン『季の美 京都ドライジン 天橋立ワイン樽貯蔵』を発売。ワイン樽のほか、京都産のネーブルオレンジと橙を使っていることが特徴で、かなり柑橘系の風味がしっかりと感じられる爽やかなジンだ。
日本のエリート
京都蒸溜所は、敷地面積わずか850平方メートル。現場に足を踏み入れてみるとそのコンパクトさに驚かされる。
「まさかここまで成長するとはおもわなかった」
京都蒸溜所がスタートしたときには、日本のドライジンが、日本に、世界に受け入れられるのかはわからなかった。それが、世界中から称賛され、『季の美』の最初のボトルのリリースからわずか4年後、2020年には、ワインとスピリッツの世界最大王手の一社、ペルノ・リカールと資本提携するにまで至った。
「2014年設立といえば若いけれど、京都に昔から存在しているものを使って造っている酒。京都の歴史のなかにあるとおもえば、1000年以上の歴史があるといえるかもしれない……」
今回のツアーではそんな発言も聞かれた。
折り目正しい、というのだろうか。日本のピシっとした着物とか、仕立てのよいスーツのような清潔感が『季の美』に共通するスタイルだと感じられる。京都っぽい。あるいは尊敬される日本のエリートか。おそらく、そんな人にこそ、似合うジンなのだろう。