2021年6月、フェラーリはその本拠地、マラネッロでファッションコレクションを発表し、公式ECでの販売を開始した。そして2022年2月。今度は、ミラノ・ファッションウィークに参加し、2022-23年秋冬コレクションを発表。

それらはクルマのショールームの間仕切りの棚に置かれているようなものではなかった。フェラーリはいまや、ファッションブランドでもある。「そうであっても不思議ではない」とおもわせるのは、やはりフェラーリが創業以来、ただの自動車メーカーではなかったからだろう。

その実像をより鮮明に描き、フェラーリの宇宙を拡張する、クリエイティブ・ディレクター ロッコ・イアンノーネに聞いた。

ロッコ・イアンノーネ
1984年、カタンザーロ生まれ。ミラノのマランゴーニ・インスティテュートで学び、ファッションデザインの学位を取得。2006年、ドルチェ&ガッバーナでキャリアをスタート。ジョルジオ・アルマーニに移り、ほどなくしてさまざまなスペシャルプロジェクトを任される。2017年から、パルジレリのクリエイティブ・ディレクター。2019年11月5日、フェラーリのクリエイティブ・ディレクターに任命された。 写真右はモデルのマリアカルラ・ボスコーノ

フェラーリとはなにか?

 ──ロッコ・イアンノーネさんにとってフェラーリとはなんですか?

フェラーリは人の歴史です。

75年前に、エンツォ・フェラーリが情熱と夢を託した組織。単なるイタリアの大きな会社ではありません。映画、音楽、絵画、文学、現代芸術、さまざまなものに影響を与え、また、ともに活動してきた。芸術や社会、そしてその観客との強い関係性をつくってきたもの。

つまりそれは、ブランドです。

──ロッコ・イアンノーネさんの現在の拠点はどこですか?

ミラノです。

マラネッロはもちろん、フェラーリのヘッド・クオーターですが、このニュープロジェクトにあたり、フェラーリはミラノにオフィスを立ち上げ、このオフィスは、コレクションの開発、デザイン、マーチャンダイジング、マーケティング、ストア、ミュージアム、コミュニケーションなどを担当しています。

──そこでのあなたの仕事は?

あたらしいビジネスとしてフェラーリをライフスタイルに翻訳することです。メンズ、ウィメンズのファッションはそのなかでもアイコニックな活動、具体的な表現です。

そのほか、マラネッロのレストラン「イル・カヴァリーノ」なども含めて、フェラーリに関連することを担当しています。

──ファッションブランドとしてのフェラーリがフェラーリ全体にもたらす価値は?

ファッションブランドとしてのフェラーリは、フェラーリのイメージ、実行力、クラフツマンシップ、ストーリーを伝えるものであると同時に、新しい価値を生み出すチャンスでもあります。

そして、この活動の価値は、世界との接点が増えること。明日のフェラーリファンである若い人たちやクルマにあまり興味のない人にもフェラーリを伝えることができます。

──2021年にフェラーリの故郷、マラネッロでローンチして、2022年はミラノでコレクションを発表しています。この2回でどのような発展があったのでしょう?

最初はまず、規格を創る、コードを生み出す、ということが重要です。初回ですから。

フェラーリをファッションに落とし込むというのはどういうことかを見せる必要がありました。そのため、GTマシンのライン、カーブ、カラー、テクスチャー、ディテールをどれだけファッションに落とし込めるか、というのが焦点になりました。

また、これを受け取る側も、クルマとファッションの一対一の関係がやはり注目点になります。

ファッションにおける「フェラーリネス」。フェラーリが、実は持っていたものはなんだったのかを、ファッションとして、明示する。いわばフェラーリの解剖学です。

2021年のコレクションより

2022年は、ミラノを舞台とした。ということはフェラーリのGTカーの故郷であるマラネッロを出た、ということです。これは、クルマとファッションがより、対話的な関係になったことを意味しています。

2022年のコレクションでは、レザーや新しい素材も使っていますが、ファッションにおいて伝統的な素材も積極的に使っています。また、テーラリングの伝統、たとえばスーツのコードなども持ち込んでいます。

フェラーリの拡張であり、より、ソフトウェアに近づいている、とも言えるでしょう。

ファッションに馴染みのある人にとっては、より親しみがあり、また、軽快でダイレクトなアプローチをやっている、と見えるのではないでしょうか。

シンプルに。しかし重層的に

──コレクションを紹介する際に『未来派』や『現代性』といったアートの言葉を使っているのが印象的です。

未来派はミラノが本拠地ですよね。(『未来派宣言』は1909年、フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティがパリの『フィガロ』誌に発表したが、『未来派運動指導部』はミラノにあった)ミラノで最初のファッションショーをやるときに、この関係性は見逃せません。フェラーリにとってスピードは、すごく大切ですから。未来派の画家がスピードを絵画で表現するなら、私はこれをファッションで捉える。

そして、私にとって現代性とは、ワードローブと時間との関係性です。ワードローブには特異性、実用性、具体性が必要だと考えます。レイヤーを重ねるのではなく、よりダイレクトに伝えることをまずは重視します。私のワードローブはダイナミックで、冒険的。他の文化への越境を恐れない、異物を愛するものです。

──影響を受けたアーティストを挙げるなら誰ですか?

たくさんいすぎて、絞れませんが、あえて一人を選ぶならばアンリ・マティスですかね。マティスの芸術のアプローチには影響を受けています。

マティスの作品は一見、非常にシンプルで、子供であっても、その色や形を理解し、共感することができるとおもいます。一方で、マティスの生涯や、影響を受けた文化、歴史を知ることで、作品の持つ、より深い意味合いを考え、それぞれの人が多様な解釈をすることができます。

このレイヤー構造が理想的だとおもっています。入り口は広く、奥が深い。こういうことを私はやりたい。なぜこの色か、なぜこの素材か、なぜこの形かという奥深さをもつ作品を生み出していきたいのです。