文・写真=豊福 晋

行列のできる書店

 ポルトの長い坂をくだっていると、賑やかな行列にぶつかった。

 大学に近い、ふたつの教会にはさまれたエリアの街路樹の下で、人びとが144番地の建物を眺めている。列は一軒の書店へとつながっていた。

 Livraria Lello

 「レロ書店」はたぶんヨーロッパでもっとも有名な本屋だ。創業は1906年、その歴史と内装の豪華さから2006年にはスペインのエルパイス紙が「世界一美しい書店」とし、英国のガーディアン紙も2年後にそれに続いた。

 ネオゴシック様式の店内には、書店というよりも伯爵の館の趣が漂う。重厚な木質が古インクの匂いと混ざりあって、魅惑の異空間を創りあげている。ハリーポッターに出てくる本屋に似ているということで世界からファンも集うそうだ。

 最前列にいた老夫婦が、ようやくだね、と言いながら、微笑みを後列に残し扉の奥へと消えていく。

 いまでは入店まで1時間を超えることも少なくない。事前予約制で、5ユーロの入場券はバウチャーとなりその分の本を購入できる。昔のようにふらりとレロに立ちよる贅沢ができなくなったのは、少し残念だけれど。

 通りすがら、店内をのぞいてみる。晩餐会の絨毯みたいな紅の階段が、上階へと甘い曲線を描きながら千の書物を見守っていた。

写真:Photoshot/アフロ

午後の酔いどれの人たちがサグレスを楽しむ

 ポルトの街はゆるやかな傾斜の中にある。

 石畳の路の数々がゆっくりと流れるドウロ川へ、終着駅へ向かう長距離列車のようにつながっている。

 レロ書店から川沿いへと続くこの路を歩いたのは1年前のことだ。

 書店の前に人影はなく、ドウロ川沿いも閑散としていた。時がたち、街には活気がもどってきた。感染症の蔓延がもたらしたひとときの静けさは、今となっては遠い昔のことのように思える。

 川沿いのバルは人で埋まっていた。午後の酔いどれの人たちが、ときおりルイス一世橋を見あげながら、グラスに注がれた金色のサグレスや緑のワインを楽しんでいる。広場の演奏者のしらべは柔らかな風にのって、向こう岸のテーブルまで届きそうだ。

 対岸のビラ・ノバ・デ・ガイアにはこの地の象徴でもあるポートワインのボデガが並ぶ。かつてポルト人たちはこの琥珀色のボトルを英国へ輸出し、街にありあまる富をもたらした。人口は23万人と首都リスボンの半分に満たないけれど、そんな史実や、今も残る強固な産業が、ポルト人の高いプライドの根本にある。

 はじめてポルトを訪れたとき、喫茶店で「ビッカをひとつ」と頼んだことがある。長く滞在したリスボンで、エスプレッソのことを僕らはビッカと呼ぶんだと教えられ、そのブラジル的な響きがとても気に入っていた。けれどポルトの店員は冷めた目で首をふり、来訪した東洋人を前に、それはビッカじゃない、カフェだ、いかなる意味においても、と言った。静かに出されたエスプレッソの味は、もう覚えていない。