限定記念モデルを製作する伝統

 パテック フィリップでは、その歴史における重要な出来事があると、限定の記念モデルを製作することが伝統になっている。1997年にスイス、ジュネーブのプラン・レ・ワットに新しく本社工房を建設した際も、「パゴダ5500」「ミニットリピーター 5029」という2つのモデルをローンチしている。

 今回は、そのプラン・レ・ワット本社工房の拡張工事が完了したことによるものである。これによって、パテック フィリップはジュネーブにおける事業活動をすべてひとつ屋根の下に統合し、生産の効率化を計るのだという。

拡張したジュネーブ郊外、プラン・レ・ワットの新工場。地上6F、地下4Fの10フロアからなるモダンな建築物である

 ただ、パテック フィリップがひと味違うのは、生産の効率化=生産量の増加ではない、ということだ。生産量については、すでに「パテック フィリップ・シール」という極めて厳格な品質基準があるため、自然な形で制限されている。

 では、何を向上させるのか? パテック フィリップの現行コレクションは、コンプリケーションウォッチが全モデルのほぼ半数を占めている。これら複雑なメカニズムを持つモデルへの需要が高まっているのだ。それは、時計1個あたりの平均部品数が増加していることを示している。

 それらの対応にするため、そして、自社製の豊富なキャリバーを完璧に製造するためにも、それ相応のスペースを必要としたのである。さらに、研究開発部門、稀少なハンドクラフト部門、そして、スタッフが研修を行なうトレーニングルームなども統合されるなど、ソフトの充実も見越した拡張となっている。

 しかし、このコロナ渦の真っ只中である。5年の歳月をかけたとはいえ、発表を延期させるという手もあっただろう。それでも、あえて発表し、パテック フィリップはこんな状況下でも前進している姿を見せてくれたのだ。

 歴史を刻んできた名門と呼ばれるブランドには、共通点がある。いずれも革新的である、ということだ。歴史を継承し、積み上げてきた技術や経験をもとに、常に新たなるものに挑戦し続けているからこそ、名門と呼ばれるようになる。立ち止まっていては歴史の針は進まない。それを改めて実感させてくれた発表だった。

 新作「カラトラバ 6007A」は、ステンレススティール製という稀少性、実用性だけでなく、デザイン的にも「カラトラバ」はかくあるべし、という固定観念を覆すようなインフォーマルなものに仕上がっている。これは、次世代の腕時計を模索する名門の、ひとつの解答なのかもしれない。