鉄道旅の概念を変えた久留里線全駅下車の旅

 大きな転機となったのは、『新・鉄子の旅』(ほあしかのこ著、小学館)という実録鉄道旅漫画に、私もレギュラーで登場させてもらったことです。日本全国全駅下車を達成した究極の鉄道マニアであるトラベルライターの横見浩彦さんが案内人となり、漫画家さんや編集者さんとともに、私もお供としてさまざまな鉄道旅を経験させていただきました。

 なかでも強烈に印象に残っているのが、『新・鉄子の旅』の第1回目、千葉県・久留里線での旅です。この旅で横見さんが提案されたのは、1日で久留里線全駅下車というとんでもない企画。

木更津駅(木更津市)から上総亀山駅(君津市)までを結ぶJR久留里線 写真=フォトライブラリー

 全駅下車と聞くと、一駅一駅順番に降りていくことを想像する方が多いですよね。でも山手線のような列車の本数が多い路線ならまだしも、本数が少ないローカル線でこれをすると時間がかかり過ぎてしまい、1日では全駅下車を達成できません。そこで横見さんが取りだされたのが、なんと独自に組んだダイヤグラム(列車の運行表)。上りと下りの列車をうまく組み合わせ、上下線を行ったり来たりしながら下車することで、1日で全駅を制覇しようという計画です。さすが究極の乗り鉄!

 しかし、これが予想をはるかに超えて、修行のように過酷な旅だったのです。残暑厳しい9月の猛暑日。太陽がジリジリと照りつけるなか、涼しい列車に乗っていられる時間はわずか5分程度。すぐに列車を降りて、周囲に何もない駅で猛暑に耐え、次の列車がくるまでただひたすら待つこと約50分。そんなことの繰り返しで、「いったい何のために・・・?」と当初はまったく意味が分かりませんでした。

 ところが、夕方になって暑さが和らいできた時、心身ともに疲れ果てて下車した上総松丘駅で、はっとするような美しい景色に出会いました。太陽が柔らかなオレンジの光を放ち、キラキラと周囲の田園風景を照らして、なんともいえない美しさ。気づけば風も涼やかになり、心地よい虫の声が聞こえてきました。

 冷静に考えれば普通の田舎の風景なのですが、さっきまでのうだるような景色がガラっと一変したように見えたのです。苦労したからこそ手に入ったご褒美のような景色。始発駅から終着駅までただ列車に乗っているだけでは味わえない達成感。「何の変哲もない景色がこんなにきれいに見えるなんて! こういう旅も悪くないな」と、妙にはまっている自分がそこにいました。鉄道旅の概念が大きく変わった瞬間でした。

都電荒川線を背景に 写真=村井美樹

 さて、そういう旅を続けていくうちにすっかり鉄道好きになっていった私ですが、ソフ鉄の視点で全駅下車をするなら、まずは都電荒川線(東京さくらトラム)のような本数の多い路面電車から試してみるといいかも。のんびりと下町を走る都電の姿に、都内にいながら旅情を感じられます。フリーきっぷを使って街々を散策しながら、気軽な鉄道旅気分を味わえますよ。そして全駅下車の極意として重要になるのが季節ですが、真夏の猛暑日はあまりおすすめしません・・・(笑)。

旅に欠かせないこけしのお話はまた次回! 写真=村井美樹