文=酒井政人
予選でいきなり日本記録を樹立した三浦龍司
東京五輪を観て、日本陸上界の〝未来〟を明るく感じた方も多いと思う。その旗手といえるのが男子3000m障害に出場した三浦龍司(順大)だ。
日本人で最初にトラック種目に登場した19歳が予選(1組)でいきなり日本記録を樹立する。序盤で2~3番手につけると、1000mを2分43秒2、2000mは5分30秒9で通過。最後までトップ争いをして、日本新記録となる8分09秒92の2位でゴールした。6月の日本選手権で転倒しながらマークした従来の記録を約6秒も塗り替えた。
国内レースでは体験したことのないスピード感に、「どうなるのかな」という不安もあったという。しかし、最後まで攻撃的な走りを崩さなかった。
「8分一桁は先の目標かなと思っていたんですけど、自分のレースも記録もモノにできました」
この種目では日本勢49年ぶりの決勝進出を予選全体2位で悠々と決めた。
そして決勝でも三浦は攻めの姿勢を貫いた。スローペースになると、最初の水濠を跳び越えた後に先頭に立つ。1000m通過後はエチオピア勢に前を奪われたが、入賞を狙える位置でレースを進める。最後の水濠後に2人をかわして、7位(8分16秒90)でゴールへ。この種目では日本勢最高の9位を上回り、日本人初入賞を果たした。
「オリンピックの舞台で決勝をしっかり走るという目標はクリアできました。入賞もできたんですけど、正直悔しい気持ちもあります。3年後のパリ五輪では今回の7位を上回り、自分が納得できる走りをしたいですね。サンショーは自分の個性を出せる唯一の種目。自分の持っている力を出し切るまで向き合っていきたい」
レース後のインタビューで発した言葉は、オリンピックに初出場した19歳とは思えないものだった。
廣中璃梨佳はラスト1周で2人を抜き、7位でゴール
大舞台で日本記録&入賞の〝W快挙〟を達成したのは三浦だけではない。
20歳の廣中璃梨佳(日本郵政グループ)は女子5000m予選で14分55秒87の自己新をマークすると、決勝は14分52秒84までタイムを短縮。入賞ラインに約6秒届かなかったが、福士加代子(ワコール)が保持していた日本記録(14分53秒22)を16年ぶりに更新した。
廣中は女子10000mでも快走を見せる。スタート直後から先頭に立って、レースを進めた。2000m過ぎにトップを譲ると、4000m過ぎに集団から脱落した。しかし、ラスト1周で2人を抜き、7位でフィニッシュ。自己ベストの31分00秒71(日本歴代4位)をマークして、日本勢では25年ぶりの入賞を果たした。
女子中距離で93年ぶりの入賞を果たした田中希実
廣中の1学年上でライバルである21歳の田中希実(豊田自動織機TC)はもっと凄かった。女子5000m予選は0秒38差で決勝進出を逃したものの、自己ベストの14分59秒93(日本歴代4位)をマーク。卜部蘭(積水化学)とともに日本人で初めて参戦した1500mでは日本新を連発する。予選で4分02秒33、準決勝で3分59秒19。トータルで4秒89秒も日本記録を短縮した。
「決勝進出」と「3分台」という2つの壁を突破した田中は決勝も素晴らしかった。序盤から先頭集団に食らいつき、入賞ラインをキープ。最後まで粘り抜き、3分59秒95の8位でゴールに駆け込んだのだ。女子中距離種目としては93年ぶりの入賞だった。
三浦、廣中、田中の3人はまだ21歳以下と若い。そして初のオリンピックという大舞台でも、先頭を走るという貴重な経験をした。さらに従来の日本人とは異なり、ラスト勝負で「入賞」をしっかりと勝ち取った。日本人のなかで「速い」のではなく、世界のシニアレベルでも「強い」と評価できるほどのパフォーマンスを発揮したと言えるだろう。
3年後のパリ五輪は三浦が22歳、廣中が23歳、田中が24歳で迎えることになる。これほど日本の若き中長距離ランナーがキラキラと輝いたことがあっただろうか。
「サンショー」以外も強い三浦
3人は高校時代から世代トップの活躍を見せてきたが、高校卒業後はそれぞれ異なる環境で成長してきた。それも面白いと感じている。
三浦は高校卒業後に名門・順大に進学。3000m障害だけをやっているわけではなく、昨季は学生駅伝でにも出場した。箱根駅伝予選会で大迫傑が保持していたハーフマラソンのU20日本記録を塗り替えると、全日本大学駅伝は1区で区間賞。箱根駅伝も1区を任された。
大学2年生になった今季は3000m障害以外でも結果を残している。5月の関東インカレでは1500mで優勝、5000mでは日本人トップに輝いた。
大学の先輩オリンピアンである岩水嘉孝、塩尻和也のように3000m障害だけでなく、学生駅伝でも順大のエースとして活躍するだろう。3000m障害で培ったスピードを駅伝に生かして、箱根駅伝で養ったスタミナを3000m障害に役立たせる。他国のサンショー選手とは異なり、〝ハイブリッドエンジン〟で強くなっていくことを目指している。
大学ではなく、実業団を志望した廣中
中学生の頃から鈴木亜由子に憧れていたという廣中は、「陸上に専念したい」と大学ではなく、実業団を志望。鈴木、鍋島莉奈らが世界の舞台に飛び出した日本郵政グループに入社した。「速い選手と競い合いながら自分を高めたい」という廣中にとって恵まれた環境だった。そのなかで持ち味のスピードを磨きながら、スタミナもつけていく。
入社1年目の2019年に5000mでU20日本記録の15分05秒40をマークすると、昨季は14分59秒37(当時・日本歴代3位)まで短縮。全日本実業団対抗女子駅伝では1区で2年連続の区間賞をゲットした。
今季は10000mにも参戦して、東京五輪での快挙につなげている。高校時代はキャップがトレードマークで、それは実業団に入っても変わらない。東京五輪でもキャップを着用して、勝負どころではキャップを脱ぎ捨て、気合を入れていた。
コーチである父親と二人三脚の田中
田中は高校卒業後、同志社大に進学した。しかし、「世界」を目指すために大学の陸上部には所属せず、クラブチーム(ND28AC)で競技を続ける。2019年からは豊田自動織機TCに所属を変更。豊田自動織機には女子陸上部(昨年の全日本実業団女子駅伝で3位に入っている)があるが、田中は駅伝には参加していない。コーチングは実業団経験のある父・健智さん(母・千洋さんも北海道マラソンで2度優勝した実績を持つ)が行うようになり、さらに強くなった。
田中はポイント練習を単独で行うことが多いが、他の実業団選手なら嫌がるような強烈なメニューを、「絶対に強くなるんだ」という熱い気持ちで乗り越えてきた。父親との〝バトル〟に立ち向かうことで、強くなってきたのだ。それは現代版、リアル『巨人の星』といえるかもしれない。
今回の東京五輪は、「すべての人が自己ベストを目指し(全員が自己ベスト)」、「一人ひとりが互いを認め合い(多様性と調和)」、「そして、未来につなげよう(未来への継承)」がコンセプト。それを〝体現〟したのが三浦、廣中、田中だ。そして3人のドラマはまだまだ続いていく。